表紙
目次

📖
■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.3.30 ■■■

超人的盗人

「酉陽雑俎」は、事績、地誌、歴史、等々を知らないとなにがなにやらのことも多いが、文章自体は小生のような素人でも意味がとれるように平易そのもの。単語の意味を即座に引けるなら、読み通すのはそれほど難しくはない。そのため、行間を読むことに精力を割くことができる。
そういう点で、お勧めの本である。

そんな一例を「卷九 盜侠」から。
この篇では怪盗/侠客話が収集されているが、そのなかでは段トツなシュールさで光るのが以下のお話。いい加減な拙訳でご紹介したい。・・・

8世紀の話。ある士人が転居することになった。
旅路の途中で一人の僧に出くわし、旅は道連れでもあり、頗る論議がはずんだ。
日が山に入りかけた頃、僧は路を指さし、
 「この先数里で拙僧の貧寺。
  郎君、
  おいでにならぬか?」と。
士人許諾。家の者達は先行させ、ほかの歩く者達を僧が区分けして進ませた。
しかし、十里行けども着かず。
どうしてなのか、尋ねる。
すると、即座に、林で煙が上がる所を指し
 「あちらです。」と。
又、前進するうちに、日が暮れてしまった。
士人、疑問がムクムクと湧いてきた。
 弾当てが得意だったので、
 密かに、靴から弓と弾丸を取り出し、懐に銅丸10発を忍ばせた。
そして、僧を責めた。
 「立場上日程には限度があります。
  偶然にも、上人様の清論を伺えるということで、
  勉めてお寄りしたのです。
  二十里も来て到着しないのは、
  一体、どういうことですか?」と。
でも、僧は、只、行けば着くと言うのみ。
しかして、僧は士人前方百余を歩いて進む。
 士人、これは盗賊間違い無しと、弾丸発射。
弾丸はまさに脳の中心に当たったのだが、僧はそれに気付かず。
5発全部が当たって、僧は初めてその箇所をおさえた。
そして、
 「郎君、あんまり悪さをしないで下さいな。」と。
士人、なんの影響も無いとわかり、その先の弾丸発射を止めた。
僧を見ながらついて行くと、邸宅に着いた。出迎えの松明の列が数十人。
僧は案内し、座って休憩させ、
 「郎君、憂うることなかれ。」と。
そして、左右の者どもに、
 「ご夫人は、つつがなくお過ごしか?」と。
さらに、
 「郎君、ご安心のほど。
  さっそくですが、こちらにどうぞ。」と。
士人は、妻と娘が、別な部屋に居るのを見て、暖簾を上げ対面し涙々。
すぐに、僧のもとへと。
すると、僧は士人の前に進み手をとって、
 「拙僧は盗人。本当のところは好意など皆無。
  しかし、郎君があれほどの芸をお持ちとは。
  気付きませんでしたな。
  拙僧でなければ、とても耐えられないスゴ技ですし。
  今日のところは、全く無心ですので、
  お疑いなければ幸い。
  先に道中で郎君が拙僧に発射した弾丸は
  すべからくココにありあすので。」と。
手を挙げて頭の後ろを攫むと、5つの弾丸が墜ちてきた。
脳の辺りは弾丸があたっても全くの無傷だったのである。けだし、「列子」の“無痕撻”、「孟子」の“不膚撓”ほどではないにしても。
続いて、筵で宴席がつくられ、蒸仔牛が供された。十本の包丁がついており、餅が周囲に並べてあった。
僧は士人を席に着かせると、
 「拙僧には数人の義弟がおり、
  伏して御目通りさせて頂きたく。」と。
言ったそばから、朱の衣に大きな帯をしめた5〜6人が、階下に並んだ。
僧は、
 「郎君を拝め。
  もしも、お前たちが郎君に遭遇していたら
  木っ端微塵だったのだから。」と。
食事が終わり、僧はさらに、
 「拙僧は久しくこの業に携わってきた訳ですが、
  今や人生の黄昏の時期。
  前非を悔い改めたいと存じます。
  不幸なことに、一人息子がいて、
  老いた拙僧を凌ぐ技の持主。
  そこで郎君に、拙僧の為に、
  これを断ち切って欲しいのです。」と。
ということで、"飛飛"を呼び、出てきて郎君の前に参上せよと。
彼は、年齢十六、七。碧色の長袖の衣を着ていた。脂がのって若者の皮膚感そのもの。
僧は叱った。
 「後ろの部屋で、郎君を侍らすように。」と。
その上で、僧は、士人に劍一本と弾丸五個を授けた。
ついで、
 「郎君、お願いですから、
  芸を尽くし、あヤツを殺して下さい。
  老僧の係累の為にならない輩ですから。」と。
士人は引率されて部屋の中に入ったが、すると入口に鎖がかけられてしまった。
お堂のような部屋には、四隅に、明るく燈りが点いている殺風景そのもの。
"飛飛"は短かい馬の鞭を持っているだけ。
士人は弓で弾丸を発射し、必中と思いきや、なんと玉は落とされてしまった。
気が付かぬうちに、梁の上に跳び上がっており、壁を伝わり虚空を支配している状況。のように敏捷なので、弾丸を使い切ってしまい、撃てなくなってしまった。
そうなれば、士人は剣で逐げるべく動くことになる。
"飛飛"は閃光の速さでコレを避けながら、士人の体から一尺も離れないところに居続けた。
士人は、鞭だけは先を切り落とせたが、"飛飛"の身には傷一つつけることはできなかった。
そうこうするうち、僧が扉を開け、尋ねた。
 「老僧のために、
  害を取り除いていただけましたか?」と。
士人は状況を詳らかに語った。
僧はがっかりしてうちひしがれた様子で、"飛飛"の方へ振り返り、
 「郎君が、
  貴様に、
  盗人としての證明書をくれたようなもの。
  この先、どうなることやら。」と。
僧と士人は徹夜で剣と弓の琴について論じあった。
まさに暁の刻、僧は路の出口までお見送りに。
百疋の絹布が贈られ、涙々の別離と相成った。

建中初,士人韋生,移家汝州。
中路逢一僧,因與連,有論頗洽。
日將銜山,僧指路謂曰:
  “此數裏是貧道蘭若,郎君豈不能左顧乎?”
士人許之,因令家口先行。僧即處分歩者先排。
比行十余裏,不至,
韋生問之,即指一處林煙曰:“此是矣。”
又前進,日已沒,
韋生疑之,素善彈,乃密於靴中取弓卸彈,懷銅丸十余,
方責僧曰:“弟子有程期,適偶貪上人清論,勉副相邀。今已行二十裏不至,何也?”
僧但言且行。
至是,僧前行百余歩,韋知其盜也,乃彈之。
僧正中其腦,僧初不覺,
凡五發中之,僧始捫中處,
徐曰:“郎君莫惡作劇。”
韋知無奈何,亦不復彈。
見僧方至一莊,數十人列炬出迎。
僧延韋坐一廳中,喚雲:“郎君勿憂。”
因問左右:“夫人下處如法無?”
復曰:“郎君且自慰安之,即就此也。”
韋生見妻女別在一處,供帳甚盛,相顧涕泣。
即就僧,
僧前執韋生手曰:“貧道,盜也。本無好意,不知郎君藝若此,非貧道亦不支也。
 今日故無他,幸不疑也。適來貧道所中郎君彈悉在。”
乃舉手搦腦後,五丸墜地焉。
蓋腦銜彈丸而無傷,雖《列》言“無痕撻”、
《孟》稱“不膚撓,”不啻過也。
有頃布筵,具蒸犢,犢_刀子十余,以齏餅環之。
揖韋生就坐,復曰:“貧道有義弟數人,欲令伏謁。”
言未已,朱衣巨帶者五六輩,列於階下。
僧呼曰:“拜郎君,汝等向遇郎君,則成齏粉矣。”
食畢,僧曰:“貧道久為此業,今向遲暮,欲改前非。
 不幸有一子,技過老僧,欲請郎君為老僧斷之。”
乃呼飛飛出參郎君。
飛飛年才十六七,碧衣長袖,皮肉如脂。
僧叱曰:“向後堂侍郎君。”
僧乃授韋一劍及五丸,且曰:“乞郎君盡藝殺之,無為老僧累也。”
引韋入一堂中,乃反鎖之。
堂中四隅,明燈而已。
飛飛當堂執一短馬鞭,韋引彈,意必中,丸已敲落。
不覺跳在梁上,循壁虚攝,捷若,彈丸盡不復中。
韋乃運劍逐之,飛飛倏忽逗閃,去韋身不尺。
韋斷其鞭節,竟不能傷。
僧久乃開門,問韋:“與老僧除得害乎?”
韋具言之。
僧悵然,顧飛飛曰:“郎君證成汝為賊也,知復如何?”
僧終夕與韋論劍及弧矢之事。
天將曉,僧送韋路口,贈絹百疋,垂泣而別。


(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 2」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.
 酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>>    トップ頁へ>>>
 (C) 2016 RandDManagement.com