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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.5.4 ■■■

貝母

瘡とは、皮膚疾患の症状用語で、"はれもの"とか"できもの"の類。訓では「かさ」であるが、これは治りがけのカサ蓋と言葉でよく使われるから、かなり広い疾患を指していたかも。

成式の頃からすれば、瘡を患うことは多く、その対処には苦慮していたと思われる。そんな手の話を「卷十五 諾皋記下」から見てみよう。

陸紹郎中又言,嘗記
一人浸蛇酒,前後殺蛇數十頭。
一日,自臨甕窺酒,有物跳出噛其鼻將落,
視之,乃蛇頭骨。
因瘡毀其鼻如焉。

蛇に鼻を咬まれ、瘡を患い、ついに鼻がもげた話。
蛇酒作りのため、大量に殺戮していたから、そうなるのだと言いたげな話。
よくあるタイプで、日本だとそれなりに奏功することもあるが、大陸ではほとんど無視されるのでは。そういうことで絶滅の憂き目にあった動物は少なくなかろう。

当時も、一応、治療薬はあったようだが、胡散臭いものだらけ。
中華帝国では、官僚がまともな対処をしないとすぐにそうなるのである。もちろん、官僚や貴族のために医薬対応官庁は作られているし、本も編纂されたが、この分野に力が入っていた訳ではない。地位も低いし、人数もイマイチ。なにせ、毒薬の金丹を帝に飲ませた時代である。白楽天も危険な薬を試したりした訳で。
呪術志向が強い社会を、権謀術数の官僚が統治するのだから、医薬分野は民間主導にならざるを得ないともいえよう。

従って、トンデモ治療も横行する。

荊州處士侯又玄,常出郊,廁於荒冢上。及下,跌傷其肘,創甚。行數百歩,逢一老人,問何所苦也,又玄見其肘。老人言:
  “偶有良藥,可封之,下日不開必愈。”
又玄如其言。及解視之,一臂遂落。

墓跡で大便をし、躓いて臂[=腕]を怪我してしまう。
結構、ひどい傷。
その側で、たまたま、とある老人に出会い、
診断してもらった。
「良薬ありまっせ。
患部につけ、密封し続けるだけで完治。」、とのこと。
信じてその通りにして、包帯を解いたら、臂が墜ちた。

淡々とした話だが、凄い。
殺菌発想がなかった時代だから、ありそうなことではあるが。

腕にできる「人面瘡」も多かったようである。
一種の良性腫瘍の感じがするが、口があるのだから、膿ができているハレモノを指すのだろう。
なんらかの妖怪のツキモノと見られていたのであろう。

一家兄弟、皆、死ぬまで患ったという話もある。健康を害する環境に住んでいた結果であると示唆していそうだから、これは一種のアレルギー病か。
又玄兄弟五六互病,病必出血。
月余,又玄兩臂忽病瘡六七處,小者如錢,大者如錢,皆人面,至死不差。
時荊秀才杜曄話此事於座客。


成式のアッパレな点は、具体的な生薬「貝母」に言及している点。
許卑山人言,江左數十年前,有商人左膊上有瘡,如人面,亦無它苦。商人戲滴酒口中,其面亦赤。以物食之,凡物必食,食多覺膊内肉漲起,疑胃在其中也。或不食之,則一臂瘠焉。有善醫者,教其歴試諸藥,金石草木悉與之。至貝母,其瘡乃聚眉閉口。商人喜曰:“此藥必治也。”因以小葦筒毀其口灌之,數日成痂,遂愈。
左腕に人面瘡。口にアルコールを注ぐと赤くなるというが、マ、ソリャそうだろう。
なかなか優れた医者のようで、金石草木、なんでも薬を試してみるのがよかろうとのこと。
そうなのだ。それなりの屁理屈があろうが、原因がわからぬのだから、臨床試験でスクリーニングが一番。
テストしてみると、どうも「貝母」がよさげ。
そこで、この治療に専念。数日間、口から注入したら完治。

この「貝母」だが、現代中国では中国原産のユリ系の草の一種の名称。地域毎に異種があるようだ。
本来の名称は、おそらく、文字の「」。日本での音読みは色々ありよくわからぬが、訓読みは「ははぐり(母栗)」。
ただ草の和名は、「母栗」ではなく「編笠百合」。花の形から決まったようで、英語でも"筒状骰子入"[Fritillary]だ。小生だと、釣鐘としたくなるが、網状の模様がついているから編み笠は妥当と言えそう。
江戸期に江南から薬用ということで渡来したとされており、当初は中国語音のバイモと呼んでいたに違いない。

もちろん、「酉陽雑俎」で取り上げているのは草ではなく生薬としての貝母。地下の鱗茎を乾燥させたもので、貝に似ているからの名称。大火傷を負ったオオナムジが赤貝の殻粉と蛤の汁で治ったと目される話が古事記に登場するくらいで、イメージ的に薬の名称には最適。日本では、貝母を草名にしたから、球根の形状から薬の名称は母栗としたのかも。
日本薬局方に収載されているし、百合系であるからかなり強烈な影響を与えるアルカロイド成分を含んでいるのは間違いなさそう。
薬効としては、鎮咳去痰薬だが、はたして皮膚系の疾患にも効くのだろうか。
あるいは、そういうことではなく、この薬は強いので、飲みすぎるとお陀仏ということを言っているのかも。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 3」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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