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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.5.7 ■■■

器物霊

小生は、器物霊という用語が昔から使われてきたとは見ていない。

それに当たる古い言葉は「付喪神」。
この神は中国由来ではなく、10世紀の頃に日本で生まれた概念のようだ。と言うか、「百鬼夜行繪卷」で初出と見るにすぎないが。・・・そのような絵画の詞書に、「陰陽雑記に云ふ。器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす、これを"付喪神"と号す。」と記されているそうだ。しかし、「陰陽雑記」が実存していたかはなんとも言い難し。
年末の煤祓いで捨てられることになった古い道具が、九九年で捨てられた恨みで、白髪老人の神(九十九神)となり悪さをするとの寓話がつくられ、ツクモの当て字として「付喪神」とした可能性もある訳で。
思うに、この絵巻物は、器物霊に注目している訳ではなく、妖怪を折伏する密教の法力を示すために考案されたもの。いわば、「草木非情 発心修行 成仏」キャンペーン用。従って、仏教を排除してしまった大陸には、この手のセンスが残っていることは考えにくい。
   "付喪神"@平成12年度京都大学附属図書館公開展示会
その効果は絶大。今でも、筆塚や針塚を筆頭に、様々な慰霊碑があり、毎年法事が執り行われている。

つまり、器物霊は極めて日本的なものということ。

そうなるのは、日本人の情感に合うからだろう。・・・人が精根籠めて作った器物や、気に入って長く使い込んだ用品には、おのずと精霊が付いている筈と考える訳だ。この発想は、科挙官僚制度の中華帝国では嫌われる。豪奢な生活を目指して権謀術数に励む人達だらけであり、新しくて見栄えがする高価なモノを獲得することこそが嬉しさ。使えるものを惜しげも無く捨てさることができる生活が夢なのだから。

従って、大陸の器物の妖怪は、器物の霊ではなく、他の霊や鬼がとりついた話になっていることが多い筈。

この違いがあるから、日本では「妖怪と過ごすのも又愉し」的な振る舞いが可能と言えるのかも。お世話になった器物の霊を粗末に扱うのは心情的に抵抗感があるからだ。
一方、大陸では、もともと「妖怪など即刻ブっ殺せ」的な乱暴な感覚しか感じられない奇譚が目立つ。邪魔だて許さずの権力ありきの社会であるとも言えよう。

話は日本にとんでしまったが、特段に器物霊に関心はなさそうな中華社会のなかで、成式は、例外的ともいえそうな話を収載している。・・・
 【木杓の霊】
元和[806-820年]中,國子監學生周乙者,常夜習業,忽見一小鬼,頭長二尺余,滿頭碎光如星,可惡。戲燈弄硯,紛搏不止。學生素有膽,叱之,稍卻,復傍書案。因伺其所為,漸逼近,乙因擒之,踞坐求哀,辭頗苦切。天將曉,覺如物折聲,視之,乃弊木杓也,其上粘粟百余粒。
   [続集巻一 支諾皋上]
深夜、学生が勉強中のこと。
小さな鬼が登場。乱れ髪で、2尺余の長さの頭から星の如く散光。
燈火を悪戯したり、硯をいじくるので、つかまえた。
夜が明けて、よく見ると、古い木の杓。百余粒の粟が粘着。

小生は、この話、結構、好きである。
ご粟粒を見つけた、というくだりで中途半端な形で終わっているから。

普通なら、たいした実害がなかったとはいえ、古びた木の杓を即座に叩き折り、焚きつけにでもして燃やしてしまうもの。そして最後の〆として、その後、鬼は出なくなったとくる。

例えば、こんな具合のストーリーの〆が典型と言えよう。・・・
魏郡張奮者,家本巨富,忽衰老,財散,遂賣宅與程應。
應入居,舉家病疾,轉賣鄰人阿文。文先獨持大刀,暮入北堂中梁上,至三更竟,忽有一人長丈餘,高冠,黄衣,升堂,呼曰:「細腰!」細腰應諾。曰:「舍中何以有生人氣也?」答曰:「無之。」便去。須臾,有一高冠,青衣者。次之,又有高冠,白衣者。問答並如前。及將曙,文乃下堂中,如向法呼之,問曰:「黄衣者為誰?」曰:「金也。在堂西壁下。」「青衣者為誰?」曰:「錢也。在堂前井邊五歩。」「白衣者為誰?」曰:「銀也。在牆東北角柱下。」「汝復為誰?」曰:「我,杵也。今在竈下。」及曉,文按次掘之:得金銀五百斤,錢千萬貫。仍取杵焚之。由此大富。宅遂清寧。
 [晉 干寶:「捜神記」 第十八卷]
富豪が突然没落し家を売った。次の住人も家族皆病気に。そんな家を買った男、夜中、見張ることにした。すると、黄・白・青の着物を着た男が登場し、「細腰」なる者と話をし始めたので、そっくり聞いてしまった。
実は、黄・白・青の男達は屋敷内の埋蔵金・銀・銭。「細腰」とは竈の下の杵。もちろん、金・銀・銭を掘り出し、杵は焼き捨てたのである。


このように最後は徹底的に退治され、一件落着とあいなる。

「酉陽雑俎」には、夜中に勉学に励んでいる最中に妖怪登場で、このパターンの話も収載されている。器物霊ではなく、庭のヤモリの仕業と断定し、早速巣ごと焼き払って大量殺戮。寛容の精神など微塵も感じさせない所業。絶対に許す訳にはいかないのだ。・・・
太和末,荊南松滋縣南,有士人寄居親故莊中肄業。初至之夕,二更後,方張燈臨案,忽有小人才半寸,葛巾杖策,入門謂士人曰:“乍到無主人,當寂寞。”其聲大如蒼蠅。士人素有膽氣,初若不見。乃登床,責曰:“遽不存主客禮乎?”復升案窺書,詬罵不已,因覆硯於書上。士人不耐,以筆撃之墮地,叫數聲,出門而滅。頃有婦人四五,或姥或少,皆長一寸,呼曰:“真官以君獨學,故令郎君言展,且論精奧,何癡頑狂率,輒致損害?今可見真官。”其來索續如蟻,状如卒,撲縁士人。士人然若夢,因噛四支痛苦甚。復曰:“汝不去,將損汝眼。”四五頭遂上其面。士人驚懼,隨出門。至堂東,遙望見一門,絶小,如節使之門。士人乃叫:“何物怪魅,敢人如此!”復被觜,且衆噛之。恍惚間已入小門内,見一人峨冠當殿,階下侍衛千數,悉長寸余,叱士人曰:“吾憐汝獨處,俾小兒往,何苦致害,罪當腰斬。”乃見數十人,悉持刀攘背迫之。士人大懼,謝曰:“某愚,肉眼不識真宮,乞賜余生。”久乃曰且解知悔,叱令曳出,不覺已在小門外。及歸書堂,已五更矣,殘燈猶在。及明,尋其蹤跡,東壁古墻下有小穴如栗,守宮出入焉。士人即率數夫發之,深數丈,有守宮十余石,大者色赤,長尺許,蓋其王也。壤土如樓状,士人聚蘇焚之。後亦無他。 [卷十五 諾記下]
  「小人」
唐の太和の末年である。松滋県の南にひとりの士があって、親戚の別荘を借りて住んでいた。初めてそこへ着いた晩に、彼は士人の常として、夜の二更(午後九時―十一時)に及ぶ頃まで燈火のもとに書を読んでいると、たちまち一人の小さい人間が門から進み入って来た。
人間といっても、かれは極めて小さく、身の丈わずかに半寸に過ぎないのである。それでも葛の衣を着て、杖を持って、悠然とはいり込んで来て、大きい蠅の鳴くような声で言った。
「きょう来たばかりで、ここには主人もなく、あなた一人でお寂しいであろうな」
こんな不思議な人間が眼の前にあらわれて来ても、その士は頗る胆力があるので、素知らぬ顔をして書物を読みつづけていると、かの人間は機嫌を損じた。 「お前はなんだ。主人と客の礼儀をわきまえないのか」
士はやはり相手にならないので、かれは机の上に登って来て、士の読んでいる書物を覗いたりして、しきりに何か悪口を言った。それでも士は冷然と構えているので、かれも燥れてきたとみえて、だんだんに乱暴をはじめて、そこにある硯すずりを書物の上に引っくり返した。士もさすがにうるさくなったので、太い筆をとってなぐり付けると、彼は地に墜ちてふた声三声叫んだかと思うと、たちまちにその姿は消えた。
暫くして、さらに四、五人の女があらわれた。老いたのもあれば、若いのもあり、皆そのたけは一寸ぐらいであったが、柄にも似合わない大きい声をふり立てて、士に迫って来た。
「あなたが独りで勉強しているのを見て、殿さまが若殿をよこして、学問の奥義を講釈させて上げようと思ったのです。それが判らないで、あなたは乱暴なことをして、若殿にお怪我をさせるとは何のことです。今にそのお咎とがめを蒙むるから、覚えておいでなさい」
言うかと思う間もなく、大勢の小さい人間が蟻のように群集してきて、机に登り、床にのぼって、滅茶苦茶に彼をなぐった。士もなんだか夢のような心持になって、かれらを追い攘うすべもなく、手足をなぐられるやら、噛まれるやら、さんざんの目に逢わされた。
「さあ、早く行け。さもないと貴様の眼をつぶすぞ」と、四、五人は彼の面にのぼって来たので、士はいよいよ閉口した。
もうこうなれば、かれらの命令に従うのほかはないので、士はかれらに導かれて門を出ると、堂の東に節使衙門のような小さい門がみえた。
「この化け物め。なんで人間にむかって無礼を働くのだ」と、士は勇気を回復して叫んだが、やはり多勢にはかなわない。又もやかれらに噛まれて撲られて、士は再びぼんやりしているうちに、いつか其の小さい門の内へ追いこまれてしまった。
見れば、正面に壮大な宮殿のようなものがあって、殿上には衣冠の人が坐っている。階下には侍衛らしい者が、数千人も控えている。いずれも一寸あまりの小さい人間ばかりである。衣冠の人は士を叱った。
「おれは貴様が独りでいるのを憐れんで、話し相手に子供を出してやると、飛んでもない怪我をさせた。重々不埒ふらちな奴だ。その罪を糺して胴斬りにするから覚悟しろ」
指図にしたがって、数十人が刃をぬき連れてむかって来たので、士は大いに懼れた。彼は低頭して自分の罪を謝すと、相手の顔色も少しくやわらいだ。
「ほんとうに後悔したのならば、今度だけは特別をもって赦してやる。以後つつしめ」
士もほっとして送りだされると、いつか元の門外に立っていた。時はすでに五更で、部屋に戻ると、机の上には読書のともしびがまだ消え残っていた。
あくる日、かの怪しい奴らの来たらしい跡をさがしてみると、東の古い階段の下に、粟粒ほどの小さい穴があって、その穴から守宮が出這入りしているのを発見した。士はすぐに幾人の人夫を雇って、その穴をほり返すと、深さ数丈のところにたくさんの守宮が棲んでいて、その大きいものは色赤くして長さ一尺に達していた。それが恐らくかれらの王であるらしい。あたりの土は盛り上がって、さながら宮殿のように見えた。
「こいつらの仕業だな」
士はことごとくかれらを焚き殺した。その以来、別になんの怪しみもなかった。

 [岡本綺堂:「中国怪奇小説集05 酉陽雑俎」@青空文庫]

ところが、冒頭で見た成式版だと、そのような姿勢で書かれているようにも思えない。いかにも、違うストーリーもありうると言いたげな感じがする。つまり、古い木の杓をよく洗い、その後も大切にして使った、で文章を閉じたければどうぞご自由に、ということ。

もう一つの器物霊話も矢張り尻切れトンボなのである。
【箒の霊】
上都[長安]僧太瓊者,能講《仁王經》。開元[713-741年]初,講於奉化縣[浙江]京遙村,遂止村寺。經兩夏,於一日,持將上堂,闔門之次,有物墜檐前。時天才辯色,僧就視之,乃一初生兒,其裼甚新。僧驚異,遂袖之,將乞村人。行五六裏,覺袖中輕,探之,乃一弊帚也。 [続集巻二 支諾皋中]
浙江省の村に、《仁王經》講義に来訪した僧がそのまま居ついてしまった。ある日、鉢をもってお堂へ行こうとすると、突然、檐(のき)の前に嬰児が落ちて来た。生まれたばかりなのでビックリしたが、袖で包んで、村人に世話を頼もうと出かけた。5〜6里行くと、軽く感じたので、探ってみたらなんと1本の古箒。
箒は、はたしてその後、どうなったであろうか?
これこそが、このお話の肝。

器物霊はもう1つあるがこれは趣が異なる。
【瓷碗の霊】
江淮[江蘇 安徽]有士人莊居,其子年二十余,常病魔。其父一日飲茗,甌中忽<面包>起如,高出甌外,瑩若琉璃。中有一人,長一寸,立於,高出甌外。細視之,衣服状貌,乃其子也。食頃,爆破,一無所見,茶碗如舊,但有微耳。數日,其子遂著神,譯神言,斷人休咎不差謬。 [卷十 物異]
茶碗の精霊が突然現れ、息子に乗り移った。お蔭で、神の言葉を発するようになり、吉凶判断もできるようになった。
それは、こまることなのだろうか。
よくわからん。

ところで岡本綺堂の怪奇譚訳を読んでいて、器物霊ではないが、小生が一番気に入ったのは、宋代のこの作品。・・・
  「窓から手」
少保の馬亮公がまだ若いときに、燈下で書を読んでいると、突然に扇のような大きい手が窓からぬっと出た。公は自若として書を読みつづけていると、その手はいつか去った。
その次の夜にも、又もや同じような手が出たので、公は雌黄の水を筆にひたして、その手に大きく自分の書き判を書くと、外では手を引っ込めることが出来なくなったらしく、俄かに大きい声で呼んだ。
「早く洗ってくれ、洗ってくれ、さもないと、おまえの為にならないぞ」
公はかまわずに寝床にのぼると、外では焦れて怒って、しきりに洗ってくれ、洗ってくれと叫んでいたが、公はやはりそのままに打ち捨てて置くと、暁け方になるにしたがって、外の声は次第に弱って来た。
「あなたは今に偉くなる人ですから、ちょっと試してみただけの事です。わたしをこんな目に逢わせるのは、あんまりひどい。晋の温が牛渚をうかがって禍いを招いたためしもあります。もういい加減にして免してください」
化け物のいうにも一応の理屈はあるとさとって、公は水をもって洗ってやると、その手はだんだんに縮んで消え失せた。
公は果たして後に少保の高官に立身したのであった。

 [岡本綺堂:「中国怪奇小説集11 異聞総録 其他(宋)」@青空文庫]

成式の器物霊の2譚に、こんな気分を感じるのだが。
「窓から手」同様に、読書好きのインテリ向けバージョンということか。

同じような情感が溢れている極小文をご紹介してこの項を〆ることとしよう。

陶淵明:「桃花源記」を収載[卷一]している《捜神後記》から。・・・
會稽盛逸,常晨興,路未有行人,見門外柳樹上有一人,長二尺,衣朱衣朱冠,俯以舌舐葉上露。良久,忽見逸,神意驚遽,即隱不見。 [捜神後記 卷七]
はっきり言って、"なんなんだコレ"話である。
明け方にいつものように路上にでて、門外の柳の木を眺めたというだけにすぎない。
ワッハッハなのは、その樹上に伸長二尺で朱の衣を着用し冠までつけた御仁が、葉の露を舐めているのを"発見"し、なにもせずにただ観察しているだけだから。
 アッ、いたゾ、妖怪。
 なんなんだ、あの格好は。
 オー、柳の葉にのった露をペロペロ舐め始めた。
 あんなものが美味しいのかネ〜。
動物園の珍獣扱い。
見られているのに気付くと、バツ悪しで退散するもの。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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