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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.5.17 ■■■

錬金術強奪

「卷九 盜侠」篇に、命を奪うと脅して、錬金術情報を得ようとした話が掲載されている。
こんな具合。・・・

元和[806-820年]中,江淮[江南〜淮南]中唐山人者,渉獵史傳。好道,常遊名山。
自言善縮錫,頗有師之者。

中唐期のこと。
揚子江と淮河の間の辺りに 唐山人という者あり。
史書を渉猟し、道術を好み、名山で遊ぶという生活。
自称ではあるが、縮錫ができると称しており、かなりの弟子を抱えていた。

(添金縮錫とは黄金/白銀化煉金術。長生不老的藥物創生の煉丹術が目指す金丹の組成にどう関係しているのかは、知る由もなし。)

後於楚州[江蘇]逆旅遇一盧生,氣相合。
盧亦語及爐火,稱唐族乃外氏,遂呼唐為舅。
唐不能相舍,因邀同之南嶽
[湖南]。盧亦言親故在陽羨[江蘇],將訪之,今且貪舅山林之程也。
その後、楚州で旅籠に泊まった時に、盧なる男に出会い意気投合。この男も、爐火ができるということで。
(爐火も黄金/白銀化煉金術だが、こちらは鉛/汞系である。)
盧は、唐の一族とは外縁関係と称し、舅と呼ぶようになった。
そうされてしまうと、盧をそのまま捨て置くに忍びず、唐は、一緒に南嶽へ行かないかと招請する羽目に。
すると、江蘇の陽羨にいる親しき旧友を訪問するところだったので、ついでに舅さんと山林を堪能できるなんて素晴らしいこと。是非にもと言う。

(南嶽とは、五岳の1つである衡山。湘江西岸の山地であり、南に位置する衡陽盆地が豊かだったのであろう。舜の話に登場するから信仰対象としては古く、道教の霊地とされる。もちろん、仏教大寺院も。)

中途止一蘭若,夜半語笑方酣,
盧曰:“知舅善縮錫,可以梗概語之?”
唐笑曰:“某數十年重從師,只得此術,
     豈可輕道耶?”
盧復祈之不已,唐辭以師授有時,可達嶽中相傳。
盧因作色:“舅今夕須傳,勿等閑也。”
唐責之:“某與公風馬牛耳,不意相遇。實慕君子,何至卒不若也。”
盧攘臂瞋目,眄之良久曰:“某刺客也。舅不得,將死於此。”
因懷中探烏韋,出匕首,刃勢如偃月,執火前熨鬥削之如紮。
唐恐懼,具述。
盧乃笑語唐:“幾誤殺舅。”
此術十得五六,
方謝曰:“某師,仙也,令某等十人索天下妄傳黄白術者殺之。至添金縮錫,傳者亦死。某久得乘之道者。”
因拱揖唐,忽失所在。唐自後遇道流,輒陳此事戒之。

途中、精舎(蘭若)に泊まった。夜半まで談笑が続き、話が弾んだ。
そのたけなわで、
 「舅さんは縮錫術ができるそうですが、
  その概略をお話頂けないか。」と。
唐は、笑って答えた。
 「それがし、数十年かけ、
  足にマメを何回もつくるほど、師匠のもとに通いつめ、
  ようやくにして、ただこの術だけを習得できたのですゾ。
  軽々しく教えられますかネ。」と。
盧は、再度、祈るように頼んだが、
唐は、師が術を授ける時は決まっているからと言って断り、南嶽到着後に伝授しようと。
盧、色をなし、
 「舅さん。今晩中に伝授して下さい。
  ぐずぐずせずに。」と。
唐、叱責。
 「貴公とは、"風馬牛"のようなもの。関係など無いのですゾ。
  偶然、江蘇ので出会っただけ。
  実のところ、君に惹かれたということ。
  にもかかわらず、その態度とは。
  何故に、下賤な僕隸のように振舞われるのか?」と。
すると、盧は腕を払い、逆らうものに対する怒り恨みを籠めた目付きに変わった。わき見をしたりしていたが、ほどなくして言い放つ。
  「俺は刺客なのだ。
   伝授するつもりが無いなら、
   舅には、ここで死んでもらうしかない。」と。
そして、懐の特製袋から匕首
(あいくち)を取り出した。その刃は弓張り月のよう。それで、燃えている火の前に置いてあった火熨斗(ひのし)を札のように削った。
それを見た唐は懼れ、恐怖にかられてしまい、具体的に語り始めた。
盧、唐に笑って語りかける。
  「もう一歩のところで、
   間違って舅さんを殺すところでしたナ。」と。
術の教授が5〜6割ほど進んだところで、謝意。
  「それがし、仙人に師事しておりまして、
   それがしを含めて10名が命を受けており、
   天下で黄白術を妄りに伝授する者を殺しているのです。
   "添金縮錫"も、無論、伝授すれば死を招くことになります。
   それがしは、久しく、道術の"乘"を修めた者でして。」と。
唐に向かって、両手を胸の前で合わせ、何処ともなく消え失せてしまった。

(ちなみに、道術には、符咒/禁咒や驅邪/伏魔/降妖/消災といった当たり前のもの以外には、有名な祈禳/房中/神仙/辟穀/隱遁がある。もちろん、宗教祭祀方法ということで懺/齋/も。おそらく、まだまだある。)
唐は、その後、道士達に出会ったりすると、そのたびにこの事を述べ、これを戒とした。

これをどうとるかは、好き好き。
普通は、最後の一行にあるように、戒めとしてとらえるかも。術を会得したなど、無闇に、喧伝するようなものではなかろうということで。
しかし、「酉陽雑俎」とは、そのような説話集ではない。単に、それだけのことなら収録する気はおきないだろう。奇譚というほどのことでもないのだから。
マ、色々見方があるのでは、ということで選ばれた話と考えるのが自然。

ギルド組織の利権防衛はこんなものという話と言えないこともないし、知的財産権の話でもある。なにせ、ドロボウ篇のお話なのだから。
血族であることだけで、簡単に貴重な技術を教えてもらえる風土があるが、それでよいのかとの問題提起も含まれていそう。
それは成式の時代の話とも言えない。現在でも、氏族墓を持つような、儒教文化が根付いている国では、血族内には社会の通常のルールは適応されない。従って、血族の一員とみなされれば、どんな機密情報だろうが入手可能。それは反社会的行為ではなく、正義とされるからである。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 2」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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