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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.6.7 ■■■

須弥山世界

何時も思うのだが、仏典には、いかにもトレース不能な、膨大な地誌的記載がある。これらは、何に由来しているのだろうか。まさかゼロから創造した話とも思えないが、そこまで力を入れて書き残す意義がさっぱりわからぬ。
インド大陸とは、言語や生活習慣が全く異なる膨大な集団の集まりだから、それぞれに対して、思い入れ可能な転生先として、想像の地をあてがわねばならなかったのだろうか。中華帝国のように、抽象的な氏族名と本貫地ではIDとしてのイメージが湧かぬのであろう。
もしも、そのようなものの集合体だとすると、それを逐一漢訳することに、とてつもない情熱を傾ける必然性は薄そう。ほとんど、ナニガナニヤラ部分をただただ訳すことになりかねないのだから。

成式は、天竺や西域をよく知る人々から生の情報を得ていたし、玄奘等の書もすべて目を通しており、天竺の仏教だけでなく、梵教も十二分に理解していたのは間違いなかろう。(クジラと思しき、脳の穴が泉のような「井魚」の話が掲載されているが、それは"成式見梵僧普提勝説"というのだから。)従って、ここら辺りもわかっていた筈。そうなると、仏典に細々と記載されている意味を、「酉陽雑俎」を通して知らしめようと試みている可能性もあろう。
そうなれば、古代文献の「正法念處經」からの引用だらけになるのは当然だし。

しかし、それを讀む方は余りに力不足。成式の意図はなかなか読み取れないのだ。唯、原典と突き合わせて眺めていくと、なんとなく感じる点はでてくる。
残念ながら、それでヨシとするしかない。

特に、須弥山世界観の理解は困難を極める。微に入り細に入りの記載だからだ。
成式は、ほんの僅かな部分しか引用していないが、重要な箇所とも思えないし、何を指摘したいのかよくわからない。

しかも、出だしから。
婆羅人の風体の記載から始まっており、唐突な印象は否めまい。4大州のうち、人の住む【閻浮提】から始めたかっただけかも知れぬが。

婆羅人穿唇。駝面目有諸人,二足。師子有翼,女人狗面。
有林名多迦,羅所住。
目問行百千由旬,洲有赤地K玉銅康白等。


出典から見ると、ここは【閻浮提】なのである。
初觀【閻浮提】。---有六國土。---橋薩羅國,鴦伽國,毘提醯國,安輸國,迦尸國,金蒲羅國,---婆羅人穿其脣口。以珠莊嚴。駱駝面人。  「正法念處經 卷六十七」

続いては【鬱単越】の筈なのだが。

【郁單越】多迦等天河七十。
自在無畏四天王否如鴨音林、
麒麟陀樹、迦多那等。
二十五鹿名。


【郁單越】國---(清淨河,無濁河,乳水河,---,香水河,多迦香熏河,雨歡喜河,---)
---有如是等七十大河,不説其餘,無量小河,---
有諸園林,謂 (鼓音聲林,鴨音林,憶念林,水聲林)---
鴨音聲林,有衆寶鹿,---有如是等二十五種鹿,常欲樂人與鹿遊戲,---
 「正法念處經 卷六十九」

何故か、話が途切れ、樹木に関してのパラグラフになってしまう。

有山多牛頭旃檀,天人與阿修羅鬥,傷者於此塗香。
提羅迦樹花,見日光即開。
拘尼陀樹花,見月光即開。
無憂樹,女人觸之,花方開。
屍利沙樹,足蹈即長。
又白龍、活鵝、旋鼻境界等花。


牛頭旃檀とは、天竺牛頭山/摩羅耶山の旃檀(和名は白檀/Sandalwood)製の香料。
土着の水神崇拝族"阿修羅"と樹木崇拝族"帝釈天率いる総天人勢力"の戦いが続いていた頃の定番外用薬だった訳か。それが、仏事のお香として用いられた発端というのであろう。
無憂樹は言うまでも無く、釈尊誕生譚の聖木。
それ以外はわからない。もちろん、昼だけ咲く花や、夜だけ咲く花はあるが、それにどういう意味があるのだろう。下記に一例を示すが、樹木名が多すぎる。これでは、特定は極めて難しい。リストに掲載されているのは、おそらく、鮮やかな緑色の葉が生い茂る常緑の大木が大半だと思う。虫がついたり、朽ちたりせず、清浄感が溢れている木を選んでいる筈。

饒山。縱廣五百千由旬。多饒樹林。(那梨羅樹,波那婆樹,無遮果樹,多羅樹,多摩羅樹,卑耶羅樹,倶羅迦樹,陀婆樹,提羅樹,提羅迦樹,阿殊那樹,迦曇婆樹,泥荼羅婆樹,殊羅樹,菴婆羅樹,卑末槃陀樹,婆多利樹,婆樹,甄叔迦樹,龍樹,無憂樹,騏鄰陀樹,多迦樹,迦尼迦羅樹,阿堤目多迦樹,那浮摩利迦樹,波迦樹,名波羅樹,迦卑他樹,毘羅婆樹,天木香樹,波頭摩樹,瞻波迦樹,迦羅毘略迦樹,青無憂樹,鳩羅婆迦樹,軍陀樹.)  「正法念處經 卷七十」

仏僧にとっては、樹木の下こそが、心のよりどころである。それは物理的な心地よさもあろうが、樹木崇拝の風土を受け継いでいるからと見るべき。初期の教団は森林處を拠点にしていたに違いなく、精舎に移っても気分は同じということだと思う。・・・
林や密林のなかで諸々の虻や蚊に刺された者は、戦場の先頭にいる象のように、そこにおいて、気づきある者となり、〔苦しみを〕耐え忍ぶもの。ガフヴァラティーリヤ比丘は〔語った〕。(31)
その〔わたし〕が、今日、〔行乞の〕食を行じおこなって(托鉢して)、剃髪し、大衣を着た者となり、木の根元に坐している――思考なき〔境地〕を得る者として。(75)
林にある者たちとして、〔行乞の〕食鉢ある者たちとして、鉢に残飯が盛られたのを喜ぶ者たちとして、内に〔心が〕善く定められた者たちとして、〔わたしたちは〕死魔の軍団を打ち破るであろう。(1146)
 正田大観訳:「テーリーガーター (therîgâtâ)」日本テーラワーダ仏教協会HP用

4大州の話に戻って、残りの2つ。

【瞿陀尼】女人主乳,有十億聚落,一萬二城大國。

多伽多支五大河,月力等【弗婆提】。
三大林峪等。
三大城,大者三億五十萬三千五百五十六聚落。


弗婆提國有三大城:一名善門城;二名山樂城;三名普遊戲城。  「正法念處經 卷七十」

と言うことで、一当たりしたから、まとめである。

南洲耳發莊嚴,・・・贍部洲=閻浮提
北洲眼莊嚴,・・・倶盧洲=鬱単越
西洲頂腹莊嚴,・・・牛貨洲=瞿陀尼
東洲肩莊嚴。・・・勝身洲=弗婆提

生贍部者,見白
・・・南
生郁林越,見赤,見母如鵝。・・・北
生瞿陀夷,生黄屋,見母如牛。・・・西
生弗婆提,見青,見母如馬。・・・東

色だが、貴重な鉱物資源としては白銀,玻璃/水晶,黄金,瑠璃/ラピスラズリ。赤色はわからず。(貴石ならば、骨が金剛石/Diamond、眼が藍宝石/Sapphire、血が紅玉/Ruby、骨髄が緑寶石/Emerald、歯が真珠であるが。)
ヒトが住む南島はインド大陸を意味していると見てよかろう。従って、贍部あるいは閻浮という名称は、樹木を指すのは間違いない。
北は 家禽の鵝/ガチョウが象徴の國だから、生活は楽なのであろう。疾病も少ないだろうし。梵天の乗り物だが、それとは無関係なのかは定かでない。
西は牛のトレードが盛んな地となろうか。インド牛はシュメール渡来かも。
東は優れている身体と見なされているが、モデルが思いつかない。

須弥山世界とは、インド帝国の宇宙における位置付けを示しているような気がしてきた。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 1」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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