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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.6.8 ■■■

阿修羅の実像

阿修羅は、本来は天人なのだろうが、帝釈天に歯向かった戦争好きと見なされ、餓鬼や畜生の同類にされたと見てよさそう。そこでの生活は、表面的には愉悦に満ちているように見えるからだ。
つまり、俗界は本来は5道とすべきだが、社会的な要請上、もう一つ追加せざるを得なかったということになろう。
成式は、この辺りの考え方は結構重要と見ていそう。

要するに、五道をこんな風にみることができる訳だ。・・・
暴惡的行為をすることが嬉しい生物になってしまえば、
  その社会は「地獄」。
ただただ、子孫作りというか、性欲だけの生活を追求するようになると、
  その社会は「畜生」。
喰って寝るだけで、美味い物の飲食に耽溺する以外に興味が湧かなくなれば、
  その社会は「餓鬼」。
そのような欲望を極限まで追求はしないが、そうなりかねない状態なのが。
  「人間」社会。
そりゃ拙いぜということで、その手の欲を捨てると、
  「天人」の社会に達する。

ここに無理に、「修羅」を持ち込んだことになろう。

「戦争」による覇権争いを、ただただ喜ぶ人達だらけの社会というのが定義のようだが、それがはたして本質的なものと見るかどうか、考えておく必要があろう、と呼びかけているようにも思える。
つまり、自分達が最上クラスでありたい、あるいは、違和感を覚える輩を絶滅したいという欲望は派生的なものか本質的か考えて見給えということ。
単に、暴惡的行為嬉しい人達が集団化しただけということはないのか、はたまた差別とか凌辱への怒りありきとか、飢餓を作りだしている連中を成敗するしかなかろうといったことで発生するのが戦争という見方もできないことはなかろう、と言うことで。

言うまでもないが、始終戦乱が尽きない中華帝国においては、鬼としての「修羅」の概念は不可欠だったろう。
なにせ、武力的な戦いが無い状態でも、「戦争」時とたいした違いはない。勝てそうにないので、従属姿勢を見せて、虎視眈々と開戦のチャンスを狙っているだけのことだから。常時、権謀術数が蠢く社会なのである。
中華帝国とは戦争好き部族が形成した国家と言わざるを得ないのが現実なのだ。「修羅」だけは止めてくれと言いたくもなろう。

そのように考えると、成式的には、風土上の要請というか、帝国の境界概念が、「修羅」を作り出したと見ることもできそう。

そんなことを、どうしても考えてしまうのは、修羅界の生活は決して悪くはなそうだからだ。とろけるような果実はあるし、蜂蜜や酒もふんだんとくる。(もちろん、それは崇拝対象の"池"から産まれるものではなく、帝釈天率いる総連合軍が信仰する樹から得るのだが。)

 阿修羅以鬼攝魔及鬼有神通者,二畜攝在海地下八萬四千有由旬。
 酒樹。
 又有樹,群蜂流蜜,其色如金。婆羅婆樹,其實如甕。


しかも、彩女もいて、いかにも愉しそうである。

 四彩女如影等,各有十二億那由他侍女,壽五千
 地名月。不見頂山十三處,鹿迷蜂旋。
 赤目魚正走冰行,住空主山窟。
 愛池魚口等。黄林。


鹿は、釈尊が初めて説法を行ったのが鹿苑であることからわかるように、敵視する姿勢皆無だし、蜂は蜜をお布施のように頂戴することにより花を活き活きとさせる訳で、どう見ても反仏教的な環境に住んでいない。
ただ、戦争好きとされる種族だけあって、須弥山の天人のように長寿という訳にはいかないだろうと思ってしまうが、逆である。
手足を失っても、再生するというのだから。
それを防ぎたかったら、斬首か腹で真っ二つといった残虐行為しかない。このことは、仏典が、戦争に於ける残虐な殺戮にお墨付きを与えているとも言えよう。
修羅界を設定して、戦争一本槍姿勢を問題視しているように見えるが、実のところは、非仏教勢力に対する戦争讃歌だったりして。

羅城,戰時手足斷而更生,半身及道即死。

もちろん、ここらの原典あり。

阿修羅王所住之處,縱廣一萬三千由旬,園林浴池、蓮華欝茂,遊戲之處異類衆鳥以為莊嚴。
阿修羅城黄金為地,處處多有摩尼寶珠、珂貝嚴飾,多衆女端正殊妙,羅阿修羅王之所主領,不相諍訟,隨意憶念能有所至。所住境界有十三處。
何等十三?
一名遮迷;二名勇走;三名憶念;四名珠瓔;五名蜂旋;六名赤魚目;七名正走;八名水行;九名住空;十名住山窟;十一名愛池;十二名魚口;十三名共道。

  「正法念處經卷第十九 畜生品之二」

確かに、成式先生のおっしゃる通り、これは"録異"そのもの。
仏教の大乗化とは、インドのすべての神々を有無を言わさずに仏教護持勢力に取り込む流れでもあるが、インドの神々を敵に回した阿修羅はそのまま取り込めなかったということ。
大乗化以前の仏典からの引用だらけになるのは当然である。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 1」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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