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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.7.6 ■■■

くびき

"くびき/"[擔,衡,頸木]とは、[牛馬]を引くために用いる、頸の後に装着する棒状の道具。車の[ながえ]と縄紐で繋ぐことになる。
この軛を牛馬の身体に繋ぎ止めるための革製の帯紐をと呼ぶようだ。

馴染みが薄い車偏の文字だらけだが、「運命の"くびき"から逃れることは出来ない。」という言葉で、これだけは、何故か知っている。
その意味は、もちろん、束縛されて自由に身動きできぬということだが、由来は聞いた覚えがない。

サンスクリット系の単語らしいから、シッダルーダ王子が牛の苦役を見て発した言葉なのだろう。
仏教"法[輪]"説話が広まった結果と見てよさそう。

それを知ると、以下のお話が、成式渾身の作ではないかと思えてくる。
実際に知り合いから聞いた話をもとにしているが、それを、仏教説話を真似た道教説話に仕上げたということ。一種のパロディー"小説"。・・・

李公佐大歴中在廬州,有書吏王庚請假歸。
夜行郭外,忽値引騎呵辟,書吏遽映大樹窺之,且怪此無尊官也。
導騎後一人,紫衣,儀衛如節使。
後有車一乘,方渡水,
禦者前白:“車索斷。”
紫衣者言:“簿。”
遂見數吏簿,曰:“合取廬州某裏張某妻脊筋。”
乃書吏之姨也。
頃刻吏回,
持兩條白物,各長數尺,乃渡水而去。
至家,姨尚無恙,
經宿忽患背疼,半日而卒。
 [卷十四 諾皋記上]
 :
書吏の王庚が、夜、郭外に。
いかにも高官といった印象を与える行列に出くわす。
 :
禦者が言う。
 「車の"くびき"の索綱が切れた。」
そこで、紫色の衣を着用した者が言う。
 「帳簿を調べよ。」
命をうけ官吏が言う。
 「某里の張某の妻の背筋を取ろう。」
  <その人物名からすると、書吏の姨
[おば]。>
その後、しばし協議の末、長さ数尺の2本の白条の物を持って来た。---そして、去って行ったのである。
 :
早速、王庚は姨を訪問。無事だった。
ところが、暫くすると背に疼痛が走り、半日後死去とあいなる。


もともと、牛馬とは冥界の神に生贄として捧げられる宿命。
だが、大切にされている訳ではない。
"くびき"を装着させられ、紫衣着装の高級官僚のため、苦役の毎日を過ごす運命にある。
だが、そうした役割を果たしているのは、実は、家畜だけではない。
いつ何時、ヒトも命を奪われるかわかったものではないのだ。それが中華帝国の官僚制度であり、道教とは、それを是として丸抱えした信仰なのである。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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