表紙 目次 | ■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.7.13 ■■■ 西域の伝説亀茲国は現在のクチャ(庫車)とされる。小生は、中華帝国の主だった芸術や職人技巧は、この国から取り入れたと見ている。官僚主導の仕組みでは創造性は生まれようがないが、真似と力による流行作りは得意中の得意だからだ。 そんな地の"伝説"が収載されている。 ここは、訳聖とされる鳩摩羅什[344-413年]の生地でもあり、どうしても取り上げておきたかったのだろう。(五胡の時代[384年]に国は滅び、殺されずに捕虜として連行され、長安で初の三藏法師となり、中国仏教の礎を作った人物である。) 言うまでもないが、クチャは天山山脈の南側の都市。北の山を越えれば、すぐにアルマリク(阿力麻里)。しかし、かなりの難所かも。イスラム圏はついにこの山を越えることができなかったからである。 そこは毛皮の道であるから、帝国にとっては魅力があったが、ステップの地であり、住んでいる部族は、定住生活者を蔑視する体質が濃厚。集団礼拝と査察監督機関による絶対的統制を旨とするイスラム勢力が抑え込むことは無理だったということも知れぬが。 クチャ辺りと言えば、石だらけの沙漠地域にすぎぬ。[タリム盆地/タクラマカン沙漠]そこにポツポツとオアシスありといった状況。 ただ、この都市は、雪解け水が大量に流れ込む河川の扇状地上にある。そのため、穏やかな気候に恵まれ、農耕には好適とくる上、天山山脈山麓には鉱産物が豊富。 しかも、シルクロード上で見れば、タリム盆地北道/天山南路の要衝。[東はトルファン(吐魯番)、西はアクス(阿克蘇:姑墨国)からカシュガル(喀什噶爾)に繋がる。] 西域の一覇権国ではあるが、タリム盆地南道のホータン(于闐)より繁栄していたのは間違いなさそう。玄奘によれば、僧5,000人を抱えていたというのだから、その経済力の凄さはただものではない。 さて、その伝説だが、こんな話に仕上がっている。・・・ 古龜茲國王阿主兒者,有神異,力能降伏毒龍。 時有賈人買市人金銀寶貨,至夜中,錢並化為炭。 境内數百家皆失金寶。 王有男先出家,成阿羅漢果。 王問之,羅漢曰: “此龍所為。龍居北山,其頭若虎,今在某處眠耳。” 王乃易衣持劍默出。至龍所,見龍臥,將欲斬之,因曰: “吾斬寐龍,誰知吾有神力。” 遂叱龍,龍驚起,化為獅子,王即乘其上。龍怒,作雷聲,騰空至城北二十裏。 王謂龍曰: “爾不降,當斷爾頭。” 龍懼王神力,乃作人語曰: “勿殺我,我當與王乘,欲有所向,隨心即至。” 王許之。後常乘龍而行。 [卷十四 諾皋記上] 亀茲国の数百戸の家で金や宝が紛失。 羅漢は、北山に居住する龍の所業という。 そこで、国王は剣を持ち退治に。 龍は臥せっており、 「寝ているような龍の頭は斬り落とすぞ。 我は神通力あり。」と叱る。 龍は 「王の乗物になるから殺さないでくれ。」と請う。 王は、それを受け入れ、 常に龍に乗って出かけて行くようになった。 龍がなんの表象なのか、実に興味をひかれる話。 普通なら、悪事を働く龍を寝ているうちに殺戮するもの。そして、王が尊崇対象に。 ところが、殺すとの脅しの言葉はあるものの、どう見てもその気が無いのである。主従の関係を結ぶことで、折り合いをつけるのだ。現実政治はそんなものだが、伝説としては極めて珍しいパターンではあるまいか。 中華帝国内だと、この手の話に人気はでまい。 天から任命された絶対権力者の統治こそが、帝国の帝国たる所以であり、それだからこそ喜ばしいと考える社会なのだから。従って、王なら、害を及ぼす輩を即座処刑する決断力を見せるのが普通。殺戮しないと、その能力を疑われかねないということ。 流石に、負け戦だけは避けるので、妥協は吝かではないものの、チャンスが生まれれば、すかさず武力を行使して帝国の強大化を図ることになる。マ、帝国とはそういうものではあるが。 もっとも、珍しいと言っても、キリスト教圏にも、言葉で龍を説得する話が伝わっている。異教徒の軍神マルスの化身と思われる龍を説得し退散させる十二使徒の逸話があるからだ。そんな絵が飾られているチャペルが有名になっているだけと言えなくもないが。・・・Filippino Lippi(修道士:ボッティチェリの弟子,師の息子でもある.):「St Philip Driving the Dragon from the Temple of Hieropolis(トルコ西部)」@1487-1502年 Filippo Strozzi Chapel, Santa Maria Novella もっとも、その後すぐに、スキタイ軍神廟の司祭達によって処刑の憂き目。 最終的にその地を制覇したのは、当然ながらイスラム軍事勢力である。 クチャのその後だが、中華帝国に支配されるようになれば、都市国家として、インターナショナルな雰囲気下での繁栄を謳歌することはできなくなる。あとは没落一途。 西域のイスラム勢力防衛線の最前線として生き続ける力も喪失し、結局のところイスラム軍事勢力のなすがまま。当然ながら、言語から文化まですべてを喪失。 龍に乗せてもらって、世界に冠たる都市国家と、浮かれていればどうなるかの、ご教訓伝説と化した訳である。 (参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎 2」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載. 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>> トップ頁へ>>> (C) 2016 RandDManagement.com |