表紙 目次 | ■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.7.25 ■■■ 禍不入慎家門的発想「卷四 禍兆」は3つのお話。"禍を招き易そうな体質があるゾ篇"とでも言うべきもの。楊慎矜兄弟富貴,常不自安。 毎詰朝禮佛像,默祈冥衛。 或一日,像前土榻上聚塵三堆, 如冢状,慎矜惡之,且慮兒戲,命掃去。 一夕如初,尋而禍作。 ご加護を念じるお方の話。 塵がつもったものが仏像の前にできていた。 いつも、不安だったので、 それが塚に見えた。 掃除をさせて片付けたが、 嫌な予感。 はたして禍がやってきた。 姜楚公常遊禪定寺,京兆辦局甚盛。 及飲酒,座上一妓絶色,獻杯整鬟, 未嘗見手,衆怪之。 有客被酒戲曰: “勿六指乎?” 乃強牽視。 妓隨牽而倒,乃枯骸也。 姜竟及禍焉。 お寺で大宴会開催。 妓を呼んでいたので、お酌の段に。 酔って、美貌の妓をからかう。 嫌がるのを無理強いしたりして。 妓倒れる。なんと骸だった。 そこまで、寺で酔うとは。 そしで、禍が。 蕭浣初至遂州,造二幡竿施於寺, 設齋慶之。齋畢作樂, 忽暴雷霹靂,竿各成數十片。 至來年,當雷霹日,浣死。 お寺に立派な幡竿を寄進。 壮大な奏楽にてお祝い。 お蔭で、突然の落雷を呼んでしまう。 翌年、寄進者浣死。 一般的には、災難を防ぐためには、油断大敵であるとされる。大きな被害を被らないようにするには、粗相なきようということになろうか。 そんな類の禅の言葉として、禍不入慎家門@万松行秀[1166〜1246年]:「従容録」が知られている。 しかし、仏頼みはほどほどに、というのが成式流。 特に、まずいのは、以下の3つ。 1. 理由なき心配。 2. 度を越したおふざけ 3. 浅知恵 そこそこ、お金があって、特段心配するタネもないなら、心を平安に保って、心しずかに生活を送るべしということ。 (参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡 社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載. 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>> トップ頁へ>>> (C) 2016 RandDManagement.com |