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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.7.30 ■■■

龍の尺木

龍は造形的に見ると、以下の流れと考えるべきという説をよく見かける。出典が記載されていないのでわからぬが。
 水中に棲む蛇が原形。
  ↓
 2本の足が生える。
  ↓
 角が生える。
  ↓
 さらに足が追加され4本となる。
  ↓
 翼が付く。
  ↓ 気を吐く。翼が火焔となる。
 鱗で覆われる。

小生は、この手の主張を全く信用しない。論理性に欠けるからだ。
たまたま見つかった図画を暦年的に並べるとこういう見方もあり得るという以上でもなければ以下でもないと見なす。
 2本足なら、常識的には、立って歩く筈。
  ↓・・・手ということになろう。
 古代のものは、犀や牛の持つ角とは違う。
  ↓・・・一見、飾りだが、特殊機能がある筈。
 4本足化で毛(獣)類に。
  ↓・・・地上を自由に動けるようになった。
 翼化で羽(鳥)類に。
  ↓・・・空中を自由に動けるようになった。
 鱗化で水中に。(本格対応)
   ・・・水中も自由に動けるようになった。

蛇信仰はどの地域でも古くからあったし、インド渡来のナーガ信仰と混交するのが自然の流れ。ただ、それはあくまでも河川の神である。人格神的になることはあっても、陸上にあがる必然性はなかろう。
それに、四神として登場し始めた頃の龍像には、すでに馬の鬣までついている。君子と官僚制で成り立つ中華帝国としては、天子の乗り物化するには、そうせざるを得なかったと考えるべきでは。思想性がある訳ではなく、なんでも習合という道教的風土にのっとっているに過ぎまい。
それに、原初水中棲なのに、鱗が生えるのが最後になっている点にも注目すべきである。仏教伝来に合わせ、四海竜王との習合が必要になったということでは。

小生は、鰐を竜の原初トーテムと見るが、それは現代の竜の御祭りの核が船競争であり、春挙行だからでもある。それは農作業開始に当たっての行事。いかにも揚子江流域の古代儀式の伝承を含んでいそう。

マ、そんなことを言いたいので書いているのではない。上記の龍の変遷の"核心的"部分について話をしておこうと考えたからである。
と言うか、「酉陽雑俎」でその部分を取り上げていたので、初めて、それに気付かされたのである。
と言えばおわかりだと思う。「角」の存在である。コレ、犀や牛の持つ角かと思っていたのだが、そのような解釈は、龍を生物のすべての代表とすべく像が進化していく過程で生まれた解釈である。当初の龍の造形にはそのような発想は見てとれないことに注意すべきだろう。

ともあれ、「角」は、造形的に、突き刺す武器に映らないように描かれており、現代感覚だと、まさに頭上のアンテナ。
一体、それはナンナンダということになる。

こういうこと。・・・
 龍頭上有一物
 如博山形
 名尺木
 龍無尺木不能昇天。
  [巻十七廣動植之ニ 鱗介篇]
龍は頭部に尺木がなければ飛ぶことが出来ない。

"尺木"という言葉は余り使われていないようで、「酉陽雑俎」以前だと、反儒教の王充[n.a.-27年]が著した以下の部分だけかも。
世俗之言,亦有縁也。短書言龍無尺木,無以升天。又曰升天,又言尺木,謂龍從木中升天也。
  [王充:「論衡」卷第六 龍虚篇第二十二]

コレ、丹薬(高毒性の鉱物由来仙薬)を服用すると、天仙や尸解仙になり、空中浮揚可能という考え方と繋がっていそう。
角とは、"憑依的短小樹木"らしいから。(別名"博山")・・・ヒトも丹薬服用で、短小樹木が突如立ち現れ、そうこうするうちに幽体離脱感が生まれて、神山の樹木に飛んでいく気分になるのでは。

浅学故、"博山"のことは知らなかったが、漢代には、三座仙山の一つとされたという。漢代に流行った香炉には、その形状のものが少なくないようだ。だからこそ、成式も"博山形"と呼んでいるのだと思われる。(日本では奈良時代、仏教香華供養の法器として使用されている。[→前漢「博山爐」@奈良国立博物館])
小生は、3座(もとは5座)の包括的な名称と見た。参考に山名をあげておこう。
渤海之東不知幾億萬里,有大壑焉---名曰歸墟。
其中有五山焉:一曰岱輿,二曰員,三曰方壺,四曰瀛洲,五曰蓬
  :
於是岱輿員二山流於北極,沈於大海,
仙聖之播遷者巨億計。

  [「列子」卷第五 湯問篇]
---蓬、方丈、瀛洲。此三神山者,其傅在勃海中,---
  [「史記」卷二十八封禪書第六]

一見、"博山"と"尺木(龍の角)"は無関係に見えるが、龍が天に昇ることができるための必須の道具たる"尺木"の源流を想像することができるのでは。・・・仙薬服用環境では、お香が用いられたのだろう。幽体離脱感を与えるドラッグである。
西域から、そんなものが渡来し、貴族階層にその習慣が蔓延したのだと思われる。

つまり、"登仙"とは、丹薬服用とドラッグ薫香感覚を取り入れた概念ということ。どちらも、西域渡来の習慣であろう。
そう考えると、原初は、突厥により全滅させられた龍種族の可能性があろう。ただ、その伝承はすべてが消されてしまっており、"尺木"の由来は闇のなか。
国際派たる成式はその辺りを十二分に理解していたということ。
屈支國。
  :
國東境城北天祠前,有大龍池。
  :
---如是漸染,人皆龍種。
恃力作威,不恭王命。王乃引搆突厥,殺此城人。
少長倶戮,略無嚼類。城今荒蕪,人煙斷絶。
[玄奘:「大唐西域記」卷第一 屈支國]

(参照) 長村真吾:「博山炉の形成過程における北方香炉の誕生と西域香炉との融合」アジアの歴史と文化 12, 67-88, 2008年 山口大学アジア歴史・文化研究会
(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.


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