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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.8.7 ■■■

避塵巾子

解釈が極めて難しい話を取り上げてみたい。
題して、"避塵巾子"。

当時の貴族的感覚だと、辟暑、辟寒、辟塵が、環境における三大贅沢。巾子はもちろん冠のこと。

どういう訳か、塵のつかない冠の話が唐突に収録されているのである。・・・

登場人物は4名。

先ず、蔡州の役所の官僚。
 高は唐朝の節度使として任に当たっている。
 そして、共に仕事をしているのが、監軍使。
話の発端となるのは軍人。
 将の田知回。
そして、出自不明の、道士的な高雅な處士。
 自称、皇甫玄真。

成式にしては随分と長文であり、ストーリーはだいたいこんな感じ。・・・

軍将は、公金を使った取引で大損を喰らう。
節度使としては、それは処罰の対象であり、早速動くよう指示。

役所から離れているので、その手が回らぬ前に、落胆する軍将を慰める宴が開かれた。
そこに、皇甫が来ていたのである。

そして、これは些細な問題。助けてあげよう、と。

皇甫、早速に役所に出向き、節度使に面会。
人払いの上、新羅で入手した"避塵巾子"で、どうにかならぬものかと。

節度使、原則論を述べるものの、ただならぬ品物であることに気付く。
罪を贖うに値する云々ではなく、一官僚が頂戴するようなものではない、と辞退。

しかし、結局、納めてもらうことに。

監軍使、その"避塵巾子"効果に気付く。
経緯を節度使から聞いて、皇甫に、こちらにもとおねだり。
残っているのは、最小能力しか発揮できない"避塵針"のみ。それを提供。
すると、埃だらけの気象状況というのに、
巾子に針を挿して乗馬すると、馬の鬣に塵がつく程度。

その後、いつのまにか、皇甫は消え去り、行方知らず。

[渤海人]在蔡州[@河南],有軍將田知回易折欠數百萬。回至外縣,去州三百余裏,高方令錮身勘田。憂迫,計無所出,其類因為設酒食開解之。
坐客十余,中有稱處士皇甫玄真者,衣白若鵝羽,貌甚都雅。
衆皆有ェ勉之辭,皇但微笑曰:
 “此亦小事。”
衆散,乃獨留,謂田曰:
 “子嘗遊海東
[新羅],獲二寶物,當為君解此難。”
田謝之,請具車馬,悉辭,行甚疾。其晩至州,舍於店中,遂晨謁高。高一見,不覺敬之。 因請高曰:
 “玄真此來,特從尚書乞田性命。”
高遽曰:
 “田欠官錢,非私財,如何?”
皇請避左右:
 “某於新羅獲一巾子,辟塵,欲獻此贖田。”
即於懷内探出授高。高才執,已覺體中虚涼,驚曰:
 “此非人臣所有,且無價矣。田之性命,恐不足酬也。”
皇甫請試之。翌日,因宴於郭外。時久旱,埃塵且甚。高顧視馬尾鬣及左右★39478卒數人,並無纖塵。
監軍使覺,問高:
 “何事尚書獨不塵?豈遇異人獲至寶乎?”
高不敢隱。監軍不ス,固求見處士,高乃與倶往。
監軍戲曰:
 “道者獨知有尚書乎?更有何寶,顧得一觀。”
皇甫具述救田之意,且言藥出海東,今余一針,力弱不及巾,可令一身無塵。
監軍拜請曰:
 “獲此足矣。”
皇即於巾上抽與之。針金色,大如布針。監軍乃於巾試之,驟於塵中,塵唯及馬尾焉。高與監軍日日禮謁,將討其道要。一夕,忽失所在矣。

  [卷六 器奇]

どういうことかわかりにくいお話だが、以下の漢詩を読むと、背景が見えてくるような気がする。但し、勝手に解釈を加えているので、そのおつもりで。・・・

  「碧城三首 其一」 李商隠[812-858年]
 碧城十二曲蘭干,犀辟塵埃玉辟寒。
 苑有書多附鶴,女牀無樹不棲鸞。
 星海底當見,雨過河源隔座看。
 若是暁珠明又定,一生長對水精盤

崑崙山にある仙人の住む碧城には、
  十二曲の欄干あり。
ここには、
 置くだけで塵がなくなる、南海の海獣犀の角もあるし、
 置くだけで寒さを遠ざける、玉もある。

その西方にある仙女が住む苑には、
  書を運ぶ沢山の鶴がいるし、
その東方の女牀山には、
  樹木無く、美しき鸞鳥は棲めず。

碧城から臨めば、
  星が東海の水底に沈みゆくところが見え。
黄河源流を雨足が過ぎて行く様子も、
  離れた所から、坐して見物できる。

暁にはこの真珠が煌めき始め、
  定めし明るく輝くようになろう。
さすれば、
水晶盤のような透明の世界に
  生涯生き続けることもできよう。


素人には難解そのもの。それでなんなの、と言いたくなる詩である。寓意の塊との印象だけが残る作品と言えよう。
しかし、成式とその朋友達はよくわかっていた筈。

尚、作者の李商隠は、貴族閥と進士閥の両方から裏切り者扱いされたとか。そのため中央政府の任官期間は僅か。節度使の下で働くことが多かったと言われている。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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