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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.8.9 ■■■

武侠仙人

「卷九 盜」に収録されている短篇武侠小説を紹介しよう。

唐代の話を収録したと思われる「卅三劍客圖」という編纂書の7番目に登場する"蘭陵老人"の話でもあるようだ。今村与志雄注記にはこの本は触れられていないから、「酉陽雑俎」から文章を引いているにすぎず、後世に作った絵本なのだろう。
それに、今村によれば、この話は諷刺と考えるべきとのこと。それを、剣術表現の面白さだけに注目するような読み方で扱うのはこまったものと考えたのかも。

そんな劍客圖的な視点でストーリーで粗筋を書くと、こうなる。・・・

長安市長(中央官僚でもあり、警視総監も兼ねていたようだ。)が祈雨儀式の視察に。
道の行く手に、奇異老人が立ち塞がる。
高官に対する失礼な振る舞いということで、その場で杖打刑に処した。
しかし、只者ではないことが判明し、お詫びに行く。そして、業務上致し方無きこととはいえ、行き過ぎだったと平身低頭。
老人はそれを受け入れ、劍舞を演じた。胆力を試す超絶技巧だったので、市長は真っ青に。

本文は以下の通り。・・・

相傳黎幹[716-779年]為京兆尹[首都 長安市長]
時曲江淦龍祈雨,觀者數千。
黎至,獨有老人植杖不避。幹怒,杖背二十,如撃革,掉臂而去。
黎疑其非常人,命老坊卒尋之。
至蘭陵裏之内,入小門,大言曰:
 “我今日困辱甚,可具湯也。”
坊卒遽返白黎,黎大懼,因弊衣懷公服,與坊卒至其處。
時已昏K,坊卒直入,通黎之官閥。黎唯趨而入,拜伏曰:
 “向迷丈人物色,罪當十死。”
老人驚起,曰:
 “誰引君來此?”
即牽上階。
黎知可以理奪,徐曰:
 “某為京兆尹,威稍損則失官政。丈人埋形雜跡,非證彗眼不能知也。若以此罪人,是釣人以賊,非義士之心也。”
老人笑曰:
 “老夫之過。”
乃具酒設席於地,招訪卒令坐。
夜深,語及養生之術,言約理辯。
黎轉敬懼,因曰:
 “老夫有一伎,請為尹設。”
遂入。良久,紫衣朱,擁劍長短七口,舞於庭中,躍揮霍,換光電激,或若裂盤,旋若規尺。
有短劍二尺余,時時及黎之衽。黎叩頭股。食頃,擲劍植地如北鬥状,顧黎曰:
 “向試黎君膽氣。”
黎拜曰:
 “今日已後性命丈人所賜,乞役左右。”
老人曰:
 “君骨相無道氣,非可遽教,別日更相顧也。”
揖黎而入。黎歸,氣色如病,臨鏡方覺須剃落寸余。
翌日復往,室已空矣。

代宗の頃、首都の長官職に就いていた黎の話。
南にある曲江で龍型を用いた降雨祈願が行われ、見物人数千。
黎も出向く。
ところが、一人の老人が杖を植えた如くにして立っており、退こうとしなかった。
黎、怒る。
そこで、背中を20回杖打ちさせたが、まるで張りつめた皮革のよう。そして、腕を棹の如く振り回して去っていった。
黎に、常人ではなかろうとの疑念が湧き、老獪な坊卒に命じて調べさせた。
その老人は蘭陵の坊里の内にある小門を入っていった。大声を出して言うことには、
 「我は、今日、酷い恥辱を受けた。
  湯を用意しておくように。」と。
坊卒は、すかさず戻って来て、黎に報告。
黎、大いに懼れる。
公服を懐にボロ衣を身につけ、坊卒と共に訪れた。
すでに回りは真っ暗だったが、坊卒は真っ直ぐに入っていった。
そして、黎の官位と氏族系譜を伝えた。
黎は、ただただ、走り込んで平伏するのみ。
 「人違いをしてしまいました。
  その罪は十死にも相当するものです。」と。
老人驚いて起きる。
 「誰が、貴君をここに連れてきたのかね。」
そして、黎の手を引いて、階の上に導いた。
黎は、理で押すことで、どうにかなるとわかっていたので、徐々に話を進めた。
 「某は、首都の長官でして、
  その威光を損なったりしますと、
  官として政を治めることができなくなってしまいます。
  どのようなお方かわからぬよう形跡を消されてしまいますと、
  彗眼でも持っていないと、知るなど不可能です。
  それをして、罪人としてしまうなら、賊で人を釣るようなもの。
  それは、道義をわきまえる士としての心に反します。」
それを聞いて、老人笑って応える。
 「老人の過誤ですな。」と。
しかして、地に酒席を設ける用意をさせ、坊卒を招いて、そこに座れと。
そのうち、夜も更けてきて、話が養生の術に及んだ。
その言葉は簡潔にして、理路整然。
黎は、敬うとともに、さらなる懼れの気分に落ち込む。
そこで、老人は一言。
 「老人でありますが、ひとつ技を持っております。
  折角ですので、貴官のために、お見せ致しましょう。」
すぐに、中に入ってから、かなり時間がたったが、
紫色の衣に朱色の付けモノの姿で、長短七口の剣を携えて出て来た。
そして、おもむろに、庭で剣舞を始めた。
跳躍し、剣を素早く扱い、電光石火の如し。
或いは、縦横無尽に動いて、コンパスを回しているが如し。
二尺余の短剣が、時々、黎の襟元をかすった。
お蔭で、頭が叩かれている気分となり、足は震えがとまらなくなった。
やがて、剣を投擲。地に植えこまれた如し。その形は北斗星状。
老人、黎の方を顧みて、言うことには、
 「黎君の胆力を試してみたのでです。」と。
黎、拝して言うことには、
 「今日を持って、某の命は、ご老人から賜ったものとなりました。
  これからは、ご老人の左右でお仕えしたく。」と。
そこで、老人は、
 「貴君の骨相には、道気というものが全くありません。
  従って、今のママで教授することは不可能です。
  別な日に、改めて、こられたし。」と。
老人は、黎に一礼して、中に入っていった。
黎は帰ったが、気色悪く、まるで病人のよう。
鏡に臨んで、よくよく見ると、頬鬚が一寸剃り落とされていた。
翌日、再び行ってみると、部屋はもぬけの殻。


さて、黎幹の人となりだが、「舊唐書列伝第六十八」に黎幹は以下のように記されている。・・・
京兆尹黎幹者,戎州人也,數論事,載甚病之,而力不能去也。幹嘗白事於縉,縉曰:「尹,南方君子也,安知朝禮!」其慢而侮人,率如此類。
 :
黎幹者,戎州人。始以善星緯數術進,待詔翰林,累官至諫議大夫。尋遷京兆尹,以嚴肅為理,人頗便之,而因縁附會,與時上下。大歴二年,改刑部侍郎。魚朝恩伏誅,坐交通出為桂州刺史、本管觀察使。至江陵,丁母憂。久之,會京兆尹缺,人頗思幹。八年,復拜京兆尹、兼禦史大夫。幹自以得誌,無心為理,貪暴益甚,徇於財色。十三年,除兵部侍郎。性險,挾左道,結中貴,以希主恩,代宗甚惑之。時中官劉忠翼寵任方盛,幹結之素厚,嘗通其奸謀。及コ宗初即位,幹猶以詭道求進,密居輿中詣忠翼第。事發,詔曰:「兵部侍郎黎幹,害若豺狼,特進劉忠翼,掩義隱賊,並除名長流。」即行,市裏兒童數千人噪聚,懷瓦礫投撃之,捕賊尉不能止,遂皆賜死於藍田驛。


ここから見ると、高官には珍しくもない、傲慢を通し続けた人物像が浮かんでくる。
成式が一番嫌いそうなタイプだから、諷刺話でおちょくっておこうかとの気分になるのはわかる。

なにせ、"無心為理,貪暴益甚,徇於財色"である上に、性格が陰険とくる。まさに、時代劇に登場する悪代官の代名詞的存在。
そんなことが許されたのは、挾左道の術を駆使すると吹聴していたからだろう。それ故に、代宗のお気に入りになれたのは間違いなさそう。

従って、コ宗が即位すると一気に落ち目となる。
宦官との密盟が露見し、隱賊一味とされて流罪に。
ところが、その程度の刑で済ますのかと、大衆の怒りが爆発。大群衆から瓦礫の欠片を投げつけられる。そのため、結局死罪を喰らう羽目に。
処刑された場所から見て、塩田生産と課税に関しての官僚内対立も引き摺っていそうだが。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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