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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.9.5 ■■■

食人鬼説話

腦骨と髪だけ残して人を食べ尽くす、いかにも恐ろし気な怪物の話が収載されている。・・・

貞元[785-805年]中,望苑驛[@長安西]西有百姓王申,
手植楡於路傍成林,構茅屋數椽,夏月常饋漿水於行人,官者即延憩具茗。
有兒年十三,毎令伺客。
忽一日,白其父:
 “路有女子求水。”
因令呼入。
女少年,衣碧襦,白幅巾,自言:
 “家在此南十余裏,夫死無兒,今服覃矣,將適馬嵬訪親情,丐衣食。”
言語明悟,舉止可愛。
王申乃留飯之,謂曰:
 “今日暮夜可宿此,達明去也。”
女亦欣然從之。
其妻遂納之後堂,呼之為妹。
倩其成衣數事,自午至戌悉
針綴細密,殆非人工。
王申大驚異,妻猶愛之,乃戲曰:
 “妹既無極親,能為我家作新婦子乎?”
女笑曰:
 “身既無托,願執粗井竈。”
王申即日賃衣貰禮為新婦。其夕暑熱,戒其夫:
 “近多盜,不可辟門。”
即舉巨椽捍而寢。
及夜半,王申妻夢其子披發訴曰:
 “被食將盡矣。”
驚欲省其子。
王申怒之:
 “老人得好新婦,喜極囈言耶!”
妻還睡,復夢如初。
申與妻秉燭呼其子及新婦,悉不復應。
其戸,戸牢如鍵,乃壞門。
闔才開,有物圓目鑿齒,體如藍色,沖人而去。
其子唯余腦骨及發而已。
  [続集巻二 支諾皋中]
百姓王申は通行人に湯茶を出していた。
ある日、可愛くて、言うことに筋が通っている旅の女がやってくる。
なかなかの技量ということで、13歳の息子の嫁に。
初夜のこと。
王申の妻が夢を見た。・・・夢では、息子が、将に食われつくされてしまいそう〜、と叫んで訴えていた。
夫は、こともあろう何を言うのかと怒った。
新郎新婦に呼び掛けてみたが、応答なし。
そこで戸を開けてみると、怪物がとびだし、一気に去っていった。
あとに残ったのは、ただ、息子の脳骨と髪だけ。


「酉陽雑俎」では長文に類するが、話に凝った訳ではなさそう。おそらく、仏教説話なので、その感覚を伝えることができるよう、じっくり書いてみたのでは。と言っても、よくできた説話と評価している訳ではない。続"諾皋"記用に選んだのであるから。
御免被りたいタイプの説話と見なしたに違いないのである。

そう思うのは、日本で初めての仏教説話集と言われる書、僧 景戒:「日本霊異記」@822年の、"女人惡鬼見點攸食縁"[中巻第三十三]なる話を思い起こさせるから。(聖武天皇代の因果応報感覚で書かれたものとして。)

聖武天皇世,舉國歌詠之謂:
奈禮乎曾與梼「保師登多 阿牟知能古牟智能餘呂豆能古 佐加文佐加母 酒酒利 萬宇師 夜萬能 阿萬志爾萬志爾:
爾時,大和國十市郡菴知村東方,有大富家。姓鏡作造。有一女子,名曰-萬之子。未嫁,未通。面容端正。高姓之人伉儷,猶辭而經年祀。爰有人伉儷,匆匆送物。彩帛三車。見之靦心,兼近親,隨語許所,閨裏交通。其夜,閨内有音,而言:「痛哉。」三遍。父母聞之,相談之曰:「未效而痛。」忍猶寐矣。明日晩起,家母叩戸,驚喚不答。怪開見唯,遺頭一指,自餘皆。父母見之,悚慄惆懆,乎送娉妻之彩帛,返成畜骨載之三車,亦返成呉朱臾木也。八方人聞集,臨見之,無不怪也。韓筥入頭,,初七日朝置三寶前以為齋食。乃疑,災表先現。彼歌是表也。或言~怪,或言鬼啖。
覆思之,猶是過去怨。斯亦奇異事。

  「女人、悪鬼に点され、食はるるの縁」
聖武天皇の世。
大和国に大いに富める家あり。姓は鏡作造。
万の子という娘がいた。面容端正にもかかわらず、嫁いでいなかった。
ところが、立派な送物(贈物)で求婚した男がいたので、結婚承諾。
閨でのこと。「痛哉」との声が3遍。父母は「未効、而して痛」と見なす。明日の晩(暁)になり、戸を叩いたが返答無し。怪しと開けて見ると、ただ、頭と1本の指のみを遺し喰われていた。
之を覆し思ふに、猶し是れ過去の怨なり。斯れまた奇異しき事。


この書は怪奇譚集ではない。従って、恐ろしい怪物が登場する話であっても、仏教説話として読むしかない。
つまり、なんらかの仏典に、食人の怪物が登場していることになろう。
そうでなければ、このような話が成り立つ筈がない。換言すれば、怪奇話としてビックリしてはならぬということ。ここから、仏教の有り難さを読み取らねばならぬのである。

考えてみれば、仏法守護の役割を担うために多聞天に仕えている、夜叉と羅刹天は、もともと、その手の魔物だった筈。後者の出自は(バラモン教の)人を惑わし食らう怪物(食人鬼)である。
この話は、その食人鬼を取り入れた説話ということになろう。さすれば、どのような意味かは容易に想像がつこうというもの。

魔物と結婚することは戒を破る邪淫行為そのもの。殺されて当然であろう。
仏教の因果応報でそれを説明するのは簡単である。
"「欲→邪淫」⇒「殺戮」"という単純な流れを浮かび上がらせばよいだけなのだから。

(引用) 浦木裕氏による「日本國現報善惡靈異記 中卷」原文 via 古典文学電子テキスト検索β
(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.


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