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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.9.12 ■■■

蜘蛛の糸

"蜘蛛の糸"というと、芥川龍之介の短編小説を思い出す。
読み方は色々だが、たいていは、悪人の我欲と小さな善行という点のみ語られる。そんな話なら五万とある筈だが。
そんな些細なことが気になるのは、どういう訳か糸について触れられることが無いようだから。

糸に良い印象を持つ人は少ない筈である。
それは、獲物を絡めとる道具だからだ。しかも、捕まえると、蜘蛛は生食。その食べ方は、身体の中のエキス分だけ吸い尽くし、殻はそのママ残すという、いかにも恐ろし気な方法。

しかし、そんなことに使われる蜘蛛の糸だが、衆生をお救いになろうとお考えになっているお釈迦さまの手にかかれば、良きことにも使えるという訳だ。

「酉陽雑俎」の"蜘蛛の糸"の方は、全く違うストーリーだが、似たような発想のお話しと読み取ることもできるので、とりあげておこう。

そこでのポイントは蜘蛛の糸に薬効があるとの指摘。
そして、その話の直前には、蜘蛛に脳味噌を吸い尽くされた怪奇譚が収録されているから、面白い。
この対比を楽しむ読み方を推奨したい。・・・

元和[806-820年]中,蘇湛遊蓬鵲山@山東済南黄河北岸,裹糧[=鑽]火,境無遺
忽謂妻曰:
 “我行山中,睹倒崖有光鏡,必靈境也。
  明日將投之,今與卿訣。”
妻子號泣,止之不得。及明遂行,妻子領奴婢潛隨之。入山數十裏,遙望巖有白光,圓明徑丈,蘇遂逼之。
才及其光,長叫一聲,妻兒遽前救之,身如矣。
有蜘蛛K色,大如鈷
[=火熨斗/昔のアイロン],走集巖下。奴以利刀決其網,方斷,蘇已腦陷而死。妻乃積柴燒其崖,臭滿一山中。

相傳裴旻山行,有山蜘蛛垂絲如匹布,將及旻。
旻引弓射殺之,大如車輪。因斷其絲數尺收之。
部下有金創者,剪方寸貼之,血立止也。

  [卷十四 諾記上]
元和の頃、蘇湛という人の話。
糧食を持って火をおこし、蓬鵲山すべてを歩き回るが如くに遊んだ、と。
帰宅して妻に言うには、
 「山行の最中のこと、
  鏡が光っているが如き突出した岩をみつけた。
  そこは、霊境に違いない。
  明日は、そこに往って、越えていこうと思う。
  そこで、今が、"お別れ"と言うことになる。」と。
妻子号泣す。
止めることも叶わず、夜が明けると出発してしまった。
しかし、妻子は奴婢を領導し、密かに蘇湛を追跡。
山中に入って数十里。遥かに岩を臨み、ソコは白く光っていた。
明らかに、直径一丈もの円形。
蘇湛は、遂にはソコに迫るまで近づく。
光に及ぼうという一瞬、長叫一声が轟く。
妻子がこれを救うべく、その場に駆け付けた。
ところが、蘇湛は繭のようになっていたのである。
なんと、そこには、火熨斗の大きさの黒蜘蛛が。
走って岩の下に集まっていたのである。
奴が、利刀を振り上げ蜘蛛の網に向かい、切断。
しかし、時すでに遅く、蘇湛の脳は陥没しており、死んでいた。
妻は、柴を積んでその崖を焼いた。
そこから立ち昇る臭気が全山を覆った。

(虎退治で有名な将軍)斐旻が入山した時の話が伝わっている。・・・
布の様に垂れている蜘蛛の巣を発見。
弓を引き、蜘蛛を射殺。車輪位の大きさだった。
数尺ほど切り取り、その蜘蛛の巣を手に入れた。
部下に創傷を負った者がいたので、
  その蜘蛛の巣を1寸四方に剪断して貼り付けると、
  血はたちどころに止まった。


なかなかの卓見。

仙郷とされる山に遊びに行く位なら、それはそれ、気分転換にもなろう。
しかし、不老長寿が実現できる仙境へのお誘いに引っかかると、絡めとられ、無脳状態にさせられ、死んでいくしかなくなるゾ。
そんな獲物で食っている、臭気芬々の有象無象が山には大勢いるのだゼ。
くれぐれも、ご用心の程。

ただ、クモを悪く言うのは、どうかと思うということで、ヒトに大いに役にたっていることも指摘。中身はなかなか的確。

クモの糸は動物が作った蛋白室の極細繊維。それが布的なものに仕上がっているなら、不織布に近かろう。人工皮膚的物質と言ってもよいのでは。
それに、おそらくフィブリンが含まれているから、血液凝固作用があると見てよかろう。
と言っても、布的な蜘蛛の巣など見たことがないが。

「本草綱目蟲之二 蜘蛛」を見ると、こんなことが。・・・

【主治】---以纏疣贅,七日消落,有驗(蘇恭)。療瘡毒,止金瘡血出。炒黄研末,酒服,治吐血(時珍。出《聖惠方》)。

イボを糸で縛ると7日でポロリ。
確かに、丈夫な糸だから、そんなことが可能ならあり得るかも。
現代の治療方法にしたところで、液体窒素浸漬綿棒で低温火傷させて、瘡蓋化させてポロリだから似たようなもの。(ウイルス疾患だから、罹患細胞を散らさず死滅させる方法でないと。)

成式の"蜘蛛の糸"話はなかなかよくできており、現代の視点ではこちらの方が現実世界に合う説話だと思うが、如何。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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