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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.9.28 ■■■

養魚

段成式の父親は料理にこだわったので、"段家菜"は誰でもが知るほど有名になった。2代にわたって、素晴らしい宴会を繰り広げていたようである。
そのこだわりは、序文が菜単の比喩話で書かれていることでもわかる。

酒食篇では、魚としては、こんなものが素晴らしいとしている。・・・
河隈之、鞏洛之鱒、洞庭之鮒、灌水之鯉(一雲)、珠翠之珍、菜黄之 [卷七 酒食]

産地ブランドの、鮒、鱒、鯉といった淡水魚がお好みだったようだが、鯉には、思い入れがあったのかも。
句容赤沙湖,食朱砂鯉,帶微紅,味極美。
負朱魚亦絶美,毎鱗一點朱。
 [續集卷八 支動]
句容にある赤沙湖で獲れた"朱砂鯉"を食べた。
僅かに紅色をしており、これが極美味。
負砂鯉も絶品。特徴は、鱗一枚に朱色の点があること。


現代は、自分の舌での評価より、他人の判定情報を絶対的なものとする時代なので、なんの前提も考えずに、養殖魚よりも天然魚のほうが美味しいとされがち。しかし、大陸では逆だった可能性もあろう。贅を尽くして、美味しく育てた魚こそ最高級品とされてもおかしくなかろう。
特に、淡水魚の場合、天然モノは泥臭さが残っていることが多いから。
マ、そんなことをついつい考えてしまうのは、養魚はすでに唐代に普及していたと考えるからである。

そうだとすれば、主力は鯉だろう。
目的は一重に超美味に育て宮廷に供給すること。従って、それを妨げないようにするため官僚が道教教団と組んで始めたのが、鯉食の禁忌化では。・・・
道書以鯉魚多為龍,故不欲食,非縁反藥。庶子張文規又曰:“醫方中畏食鯉魚,謂若魚中豬肉也。”
(道教は天子を崇める仕掛け作りに忙しい宗教だから、)
薬効上拙いという訳でもないのに、
鯉は龍になるということで、
経典で食の禁忌にあげていたりする。
庶子の張文規
[760-824年]によれば、
 「医方では、鯉魚を食べることを懼れる。豚肉同様。」と。


と言っても、無理筋である。鯉で死罪はたまらぬから、鮒でいくかといった調子になるだけ。・・・
[=鮒]魚,東南海中有祖州,魚出焉,長八尺,
食之宜暑而避風。
此魚状,即與江河小魚相類耳。
潯陽有青林湖,魚大者二尺余,小者滿尺,
食之肥美,亦可止寒熱也。

東海の恒州では鮒が獲れる。長さ8尺。
暑気払いになり、風寒避けにも。
江河の鮒は小さいが、よく似ている。
潯陽
@江西の青林湖で獲れる鮒は
大きいと2尺、小さいものは1尺に届く程度。
脂がのっていて美味い。
もちろん寒熱対策に好適。


当然ながら、需要も旺盛だった筈であり、養殖が盛んになっていたと見てよいのではなかろうか。

成式の息子、段公は嶺南の風土・物産をまとめた「北戸録」を著しているが、そこで養魚について語っている。すでに、その技術は完成していたことがわかる。・・・
南海諸郡,郡人至八九月,於池塘間採魚子,著草上者,懸於竈煙上。
至二月春雷發時,卻收草漫於池塘間,旬日内,如蝦子状,悉成細魚,其大如髮。
土人乃編織藤竹籠子,塗以餘糧或遍泥蠣灰。
收水以貯魚兒,鬻於市者,號為魚種。
魚即魿
[=鯉]鯉之屬,育於池塘間,一年内可供口腹也。愚按陶朱公《養魚經》曰:
  ・・・「養魚經」の著者の陶朱公とは、范蠡のこと。
     春秋時代の越 勾践王朝で軍功をあげた政治家。
     "飛鳥尽,良弓藏;狡兔死,走狗烹"と語り、引退隠遁。
     と言っても、商売に注力し巨富を成したそうだ。
     「養魚經」はこの類書では世界最古だろう。

 朱公謂:
  威王治生之法有五,水畜第一。
  水畜,魚池也。

  ・・・養殖魚はイイゾ。
  以六畝地為池,
  ・・・先ずは、六畝の養殖池を造成。
  池中有九洲,
  ・・・島(九洲)を作ること。
     中華思想だが、悠遊泳げる環境が不可欠なのだろう。

  求懷姙鯉魚長三尺者,任二十頭,牡魚四頭,
  ・・・成熟した雄と懐妊可能な雌の数を揃える。
  以二月上庚日内,池中令水無聲,魚必生。
  ・・・二月上旬庚の日に放魚すれば必ず生まれるもの。
  至四月内一神守,
  六月内二神守,八月内三神守,神守者,鼈也。

  ・・・4、6、8月に守護神を放つ。鼈[スッポン]のこと。
  魚滿三百六十,則蛟龍為之長,而將魚化飛去。
  ・・・三百六十匹まで増えると
     蛟龍が登場して長となり、飛べ去ってしまう。
     過密化すると、突然大量死もあるゾ、か。
     数が余りに少なすぎるきらいはあるが。

  内鼈則魚不復去。
  ・・・規定通りのスッポンが居ればそうはならない。
     小魚が適度に間引きされるからであろう。
     スッポンが魚の天敵を仕留めることもあるかも。

  池中周遶九洲無窮,自謂江湖也。
至來年二月,得鯉魚長一尺者一萬五千枚,三尺者二十四枚。至明年,得長一尺者十萬枚,長二尺者五萬枚,長四尺者二十四枚,留長二尺者二千枚作種所養。
 [萬年縣尉 段公 纂:「北戸録」卷第一 魚種]

上記は江湖での話だが、養魚方法が書類化されているのだから、他地域でもこれを見習った同様な漁業が盛んだったと見てよいだろう。
そうだとすれば、段家での鯉料理最高級食材は、灌水養殖の長尺2年モノとされていたかも。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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