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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.10.5 ■■■

風貍

"風狸"は「北斎漫画」@1849年にも取り上げられており、日本でも人気動物だったようである。[→]
《今昔百鬼拾遺@1780年》や《和漢三才圖会@1712年》に記載されており、中華文化から眺めると、日本では伝説妖怪として盛んに扱われていたと映るようだ。もともとは情報発信源であるにもかかわらず、遠の昔に興味を失ってしまったようで、日本だけその人気が残っているといったところか。

成式はその"風狸"話を採択している。個人的な興味からかも。
すでに、唐代の社会でも、それほど関心を集めていた対象ではなさそうだから。・・・

南中有獸名風貍,如狙,眉長好羞,見人輒低頭。
其溺能理風疾。衛士多言風貍杖難得於翳形草。
南人以上長繩系於野外大樹下,入匿於旁樹穴中伺之。
三日後,知無人至,乃於草中尋摸。
忽得一草莖,折之長尺許,窺樹上有鳥集,指之,隨指而墮,因取而食之。
人候其怠,勁走奪之。
見人遽食之,或不及,則棄於草中。
若不可下,當打之數百,方肯為人取。
有得之者,禽獸隨指而斃。
有所欲者,指之如意。
 [卷十五 諾皋記下]
南方に"風貍"という獣がいる。
"狙猴"
[猿]のような動物である。
(その特徴としては、2点。)
 眉が長く、羞恥を示す態度を好む点。
 人に出会うと低頭すること。---

なかなかに面白い描写である。
特殊な猿は、その社会由来の文化に独特なものがあり、ヒトの習慣を考えると、なかなか面白いものがあることを知っていたかのような記載。

と言っても、このように書かれると、"風貍"を実在しない幻想動物と考える人も多かろう。
しかし、創造されたキャラクターの場合には畏怖感あるいはそれと裏腹の尊崇の念を生むような能力を持つ動物に仕上げている筈だ。以下の2つのどちらかの特徴が出てしまう訳である。それが希薄なら、実在動物を多少オーバーに表現している記述と見た方が妥当だと思う。・・・
 [1] 誰が考えても異種の合体動物。(キラル)
 [2] パーツの異常性が歴然とした動物。(過剰や欠落)


成式の記載内容には、そんな想念は感じられない。
単に、滅多なことでは発見できかねる珍獣との表現に徹していそう。(そのような珍動物に関心を持つのは、インテリ層の極く一部と、政治的顕示欲からくる珍品収集に注力している権力階層だけだと思う。
一般的には、中華文化の土壌だと、長命に寄与する意義が見つからないなら、たとえ珍獣であっても無視されてしまう。従って、そうならないように、必ず顕著な効能が語られる。もちろん、それは、珍獣捕獲者が中薬処方者と組んで儲かる仕組みを作り上げたということ。)


ということで、実在動物と見て考えてみよう。

後世の記述だが、明 李時珍:「本草綱目」獸之二@1578年によれば、こんな動物。・・・
風狸生州以南。似兔而短,棲息高樹上,候風而吹至他樹,食果子。
あるいは、
其獸生嶺南及蜀西徼外山林中。
其大如狸如獺。其大如狸如獺,其状如猿猴而小,
其目赤,其尾短如無,其色青黄而K,其文如豹,或云一身無毛,惟自鼻至尾一道有青毛,

棲息地は嶺南〜蜀西の塞外たる山林。
大きさはタヌキやカワウソ程度。
赤目、無尾に近い短尾、色は青黄〜黒で豹紋あり。
鼻から尾にかけた背筋の青毛を除くと全身無毛との説も。

基本は、よくわかっていない珍しい動物が見つかっていますゼということではある。
甚難得,人取養之乃可得。
人網得之,見人則如羞而叩頭乞憐之態。


しかし、この獣がわかる記述部分があるのだ。狸的な体躯だが滑空するというのだから。
晝則蜷伏不動如,夜則因風騰躍甚捷,越岩過樹,
如鳥飛空中。


今村註記にも、同様な指摘がある。
范成大[1126-1193年]:「桂海虞衡志志獸」の以下の部分。
状似黄,食蜘蛛,晝則拳曲如蝟,遇風則飛行空中。
其溺及乳汁主治大風疾,奇效。

身体の形状は黄猿型。蜘蛛食性。昼は蝟[=ハリネズミ]のように丸まる。風に乗って飛ぶ。小便と乳は風疾に奇跡的な効能あり。

こうなれば、目が大きく夜行性の熱帯雨林の樹上棲(樹洞巣)で、顔はレムール的だが、体はタヌキ的だが被膜を持ち、優に100mは滑空する" or 飛狐猴/日避猿"以外に考えられまい。背部有白色斑点だし。
南方熊楠が、「支那の生物はまだとくと調査が済まない。したがって予は南支那に一種のコルゴ[=フライイング・レムール]が現存するか、昔棲んだかの証拠がそのうち必ず揚がると確信する。」[十二支考 猴に関する伝説]としている動物である。

尚、今村註記には、以下の西域獸"𤟎"の話も参照するようにと。(こちらは正真正銘のレムールで、フライング・レムールと呼ばれる日避猿とは違うと思うが。[顔は似ていても、生物学的にレムールではない。])・・・
𤟎,僥外勃樊州[n.a.]重陸香[=乳香?]所出也,如楓脂,𤟎好啖之。大者重十斤,状似獺。其頭身四支了無毛,唯從鼻上竟脊至尾有青毛,廣一寸,長三四分。獵得者斫刺不傷,積薪焚之不死,乃大杖撃之,骨碎乃死。
 [卷十六 廣動植之一]

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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