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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.11.13 ■■■

仏教徒作の松詩

どのような風の吹き回しかよくわからないが、松をお題にして成式達のサロンで作った詩が収載されている。
様々なお題での詩作を楽しんでいたに違いないが、「寺塔記」にそんな詩をわざわざ掲載する意図はよくわからぬが、取り上げておこう。

松のイメージは、一般的には清涼感だろうか。もちろん常緑樹だから、旺盛な生命力の象徴であり、長寿と子孫繁栄を第一義的に重視する社会のこと、宮廷や寺内にはたいてい植えられていた筈だ。
岩に生える松の風情も人気があったようである。根に石があるとどうなるかという話をとりあげている位だから。・・・
衛公言:“二鬣松,與孔雀松別。”又雲:“欲松不長,以石抵其直下根,便不必千年方偃。”  [續集巻九 支植上]
俗謂孔雀松,三鬣松也。松命根遇石則偃,蓋不必千年也。  [十八巻 広動植之三]

ところが、成式達はこのような常識的な松を題材にするのではなく、よりもよって、「奇」の松を取り上げようというのだ。一般感覚から逸脱した見方で松を詠おうという趣旨。一種のアヴァンギャルド。
遊びとはいえ、そう簡単なことではなかろう。

そんな詩を眺める前に、先ずは、仏教徒である王維の松詩をチラリ見。・・・

「新秦郡松樹歌」  王維[701-761年]
青青山上松,數里不見今更逢。
不見君,心相憶,此心向君君應識。
為君顏色高且閨C亭亭迥出浮雲間。


「過香積寺」  王維
不知香積寺 
香積寺のことは心に無し。
數里入雲峰 数里入れば、そこは雲がかかる峰々。
古木無人逕 老木多く、人跡未踏の地。
深山何處鐘 深山といえども、何処かの鐘の音あり。
泉聲咽危石 湧きだす激流、険しき岩に当たり砕け散る。
日色冷青松 陽光あれども、青々した松のお蔭で冷ややかそのもの。
薄暮空潭曲 暮れ往く時にして、人気無き淵のほとり。
安禪制毒龍 静かに座禅すれば、煩悩の毒龍も失せていく。

「山居秋暝」  王維
空山新雨後 
人気なき山懐。新たに降った雨上がりの後。
天氣晩來秋 夜になって、当たりの気配は秋到来。
明月松間照 明るい月光が、松の木々の間を照らす。
清泉石上流 清冽な泉からの流れが、石の上を濯ぐ。
竹喧歸浣女 竹藪は喧しく、洗濯女が帰っていくところ。
蓮動下漁舟 蓮が動いているのは、漁舟が下っているから。
隨意春芳歇 芳しい春の風情も意のままに消えていく。
王孫自可留 それでも、王孫はここに留まる所存。

と言うことで、成式達の作品。
今村注記は素人向けではないので、中身の理解は骨が折れるが、こんなところか。・・・

奇松二十字:  奇なる松をお題に、20字絶句の創作。

杉松何相疏, 針葉樹の杉と松は何故に疎らに生えるのか。
柳方迥屑。 広葉樹の楡と柳はそこらじゅう密なのに。
無人擅談柄, そんなことを話題にしようとの人はいないのである。
一枝不敢折。 だからこそ、枝の一本さえも折られたりしないとも言えよう。
  (柯古)

半庭苔蘚深, 庭の半分は、苔蘚で深く覆われている。
吹余鳴佛禽。 風が吹いた後、その余韻のように、仏鳥が鳴き始める。
至於摧折枝, 松は、枝が折れて、粉々になってしまった。
凡草猶避陰。 草はすべからく日蔭を避けることができるようになった。
  (善繼)

僻徑根從露, 人目に触れぬ小路では、松の根は露出している。
閑房枝任侵。 閑静な山房には、枝が勝手に侵入してくる。
一株風正好, 一株の樹木に風が吹き渡る。正に好みの境地。
來助碧雲吟。 碧雲の吟唱を助けるために来てくれたようなもの。
  (夢復)

時時掃窗聲, ときおり、松の枝が窓を払う音が聞こえてくる。
重露滴寒砌。 露は重なりあって、寒々とした石畳に滴り落ちていく。
一枝遒, 風で震わされるが、その一本の枝は堅固そのもの。
閑窺別生勢。 落ち着いて窺い見るに、他とは異なる生きる力がありそう。
  (升上人)

偃蓋入樓妨, 垂れて被さってしまい、樓の眺望を妨げていたり、
盤根侵井窄。 曲がりくねり癒着し、井戸を侵食して狭くしている。
高僧獨惆悵, お蔭で、この松には、高僧も独り恨み嘆くご様子。
為與澄嵐隔。 清新なる山の気流から隔てられてしまうからだろう。
  (柯古)  [續集卷六 寺塔記下]

どこが「奇」なのかは、よくわからん。

他の詩作をベースにして作るとの鉄則を破った点を指しているのだろうか。
ただ、情緒的には、中華帝国的な喜びとはかなりかけ離れているとは言えそう。日本の情緒に近いと言えなくもない。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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