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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.11.18 ■■■

鸚鵡杯の会合

中華帝国では、古代から"無酒不成席"。

酒の種類は時代とともに移り行くが、現代ではなんでもあり。(白酒[茅台酒], 紅酒{Wine}, 黄酒[紹興酒], 青酒[日本清酒], 黒酒・・・)

日中国交回復の1972年の宴では、Old Par派の田中角栄首相は、周恩来総理との茅台酒の乾杯ですっかりできあがってしまったとの話が伝わる。
盃に注がれたら、呑み干したことを示さないとアカンというとんでもない習慣が現代迄続いている社会なのである。

特に、外交では、その手口で篭絡させようというのが伝統と言ってよさそう。・・・

梁宴魏使,魏肇師舉酒勸陳昭曰:
 “此席已後,便與卿少時阻闊,念此甚以淒眷。”
昭曰:
 “我欽仰名賢,亦何已也。
  路中都不盡深心,便復乖隔,嘆如何!”
俄而酒至鸚鵡杯,徐君房飲不盡,屬肇師。
肇師曰:
 “海蠡蜿蜒,尾翅皆張。
  非獨為玩好,亦所以為罰,卿今日真不得辭責。”
信曰:
 “庶子好為術數。”
遂命更滿酌。
君房謂信曰:
 “相持何乃急!”
肇師曰:
 “此謂直道而行,乃非豆。”
君房乃覆碗。
信謂瑾、肇師曰:
 “適信家餉致酒數器,
  泥封全,但不知其味若為。
  必不敢先嘗,謹當奉薦。”
肇師曰:
 “毎有珍藏,多相費累,顧更以多漸。”
 [卷十二 語資]

魏の使節を歓迎するために開かれた、梁主催の宴席でのこと。
先ずは、酒を勧めることから。

そして、儀礼的な挨拶が口火。
 「この宴席がお別れとなりますナ。
  暫くの間、貴卿とも疎遠になってしまいます。
  そんなことを想っていると、
  心の中に寂しさがつのってまいります。」

それに対する返答もきまりきったもの。
 「なんのなんの。
  私の方こそ、
  名だたる賢人の方に御目通り頂けなくなる訳で、
  その尊敬の念が湧いてまいります。
  再び、互いに遠く離れた地に戻るのは、
  なんとも悲しいものです。」

これが一通りすめば、
いよいよ、大攻勢。
鸚鵡杯の出番。
 「海を測ると言われる、この蜿蜒の器には、
  総て、尾羽が張り出しております。
  これは単に愛玩用として好まれている訳ではないのです。
  罰則があるからこそ使われてきたのです。
  貴卿も、今日は、その責を辞するなどできないのですゾ。」

そうこられれば、致し方ない訳で。
 「庶子は、権謀術数がお得意ですからナ。」位しか言えない。
もちろん、そう言われても全く気にせず、
満杯になるまで酒を注がせたのである。

これが伝統のやりクチ。
当然、注がれた方はビックリである。
 「なんとも、急に、
  こんなことをするとは。」

ここで腹を立てられては元も子もないから、
対処の仕方は堂に入ったもの。
 「これは、あくまでも儀礼の道に従っただけ。
  豆との喩とは違うのです。」

"この殻つき豆を使って、すぐに料理を供せぬなら死刑に処する"という類の脅しとは訳が違うので、ご容赦のほど、と言ったのだが、その実、全く同じことをしているのである。
こうまで言われれば、しかたがない。
どうやら、こうやら、最終的には、酒碗をひっくり返し、
飲み干したことを示せたのである。

もちろん、拍手喝采。
ここから、ようやくにして酒宴に入るのである。
 「乾杯も無事完了したことですから、
  ここで、一献。
  たった今、我が家から酒が届きました。
  数器あり、すべて完璧な泥封モノ。
  そんなこともあり、味の方はわかりません。
  皆様より先の味見もなんですから、
  ここは是非、謹呈したく存じます。」

お客人には、我が家の秘蔵品である酒の封を切って欲しいというのである。
心のこもった最高のおもてなしと言えよう。
ここでの返礼の挨拶が完璧かどうかで、使節の質がバレてしまうのである。
失敗すれば、両国間の信頼関係は失せることにもなりかねない。
はたして、どうだったか。・・・
 「毎度毎度、
  実に珍しい所蔵の品々を頂戴いたし、
  その思し召しの積み重なりを想わずにはいられません。
  今更ではございますが、
  頂くばかりの当方は、
  慙愧の念に堪えません。
  ただただ、感謝あるのみでございます。」

上首尾ということなら、ここから、胸襟を開いた密談とあいなる。

この手の盃は、日本では底に穴が開いており、指をあてるものがあるが、余りポピュラーではなさそう。
大陸では、色々と工夫した盃があったようである。比較的知られているのは、魯国の"欹器"らしい。[欹:歪斜而]空だと傾くが、半分ほど入れると立ち上がり、満杯になるとひっくり返るようだ。
 后張口吐 [@明 洪自誠:「菜根譚」二巻]
 欹器以満覆 [「荀子」宥坐篇]
半ば、悪戯的なところもあったのだろう。
長靴型ビールジョッキのようなもので、知らないと突然にして酒を被ることになるのであろう。

酒をどのように勧めるかは、高級官僚にとっては基本的なスキルとされていた訳である。それは、現代まで、連綿と続いている訳だ。・・・

梁徐君房勸魏使瑾酒,
即盡,笑曰:
 “奇快!”
瑾曰:
 “卿在飲酒,未嘗傾卮。
  武州已來,舉無遺滴。”
君房曰:
 “我飲實少,亦是習慣。
  微學其進,非有由然。”
信曰:
 “庶子年之高卑,酒之多少,與時升降,
  便不可得而度。”
魏肇師曰:
 “徐君年隨情少,酒因境多,
  未知方十復作,若為輕重?”
 [卷十二 語資]
梁の官僚 徐君房が、魏の使者 瑾に酒を勧めた。
すると、瑾は、一口で吸うようにして、忽ちにして呑み干した。
そこで、徐は笑いながら、
 「奇なるほど快速で飛ばされますな!」と。
続けて、
 「貴卿は、の地に居られた時は、
  酒量としては、卮の器を越えたことがなかった筈ですが、
  武州に来られてからは、
  一滴も残さずお飲みになるようになりましたナ。」と。
徐は、事情を語る。
 「私の酒量は、実に少なかったのです。
  それは、習慣によるものでしょう。
  ほんの微小にすぎませんが、
  酒が進むように学んだのです。
  特段の理由でそうなった訳ではありません。」と。
それを聞いた、信が口を挟む。
 「庶子のご年齢は、若返ったりするようですナ。
  従って、酒量の方も、上下する訳で。
  その時々で、増えたり減ったりするのでしょうから、
  どの程度か推しはかるのは無理ということですナ。」と。
ここぞとばかり、魏肇師がまとめた。
 「徐君のご年齢は、
  ご自身の気持ち次第で、若くもなるのですナ。
  さすれば、酒量もそんなことで増えることになる。
  この先、10回も往復してお会いさせて頂いたら、
  どんな酒量になることやら。」と。


このような会話能力が要求されるのである。

─・─・─酒器用語─・─・─
<飲酒角器>・・・象牙,獸角製
 角,觚,,/,觴
<大衆的飲酒器>
 【碗】
<盛温酒器>・・・青銅製[3足+注口+角+取手]
 爵
<盛酒器>
 𢍜/尊・・・承放尊
 彝・・・方彝 彝之器
 
 壺
 ・・・斯禁
 
 【徳利】・・・ 鴨 鳩 白鳥 辣韭
【樽】・・・角樽 兎樽
<把手付飲酒的盛酒器>
 卮/梔子
挹酒器>
 勺
 瓢
<盛皿竹器>
 
 /
 𥱏
<皿的飲酒器>
 ,盞
 
  【盃】
  杯,・・・木製
<水器>
 舟
  盤
 
<酒水缶器>
 缶
  缸,罐,罌,
 罍[盛酒]
 豆
 斗
  //・・・大量燗用
<瓦器>
 甑,[炊]
 ,,甕,瓶,【瓶子】[盛酒]
<青銅器>
 鼎[煮],鬲[炊]
<金属器>
 鑒[水器]
 鑑[缶器]
 ,,,,鍾[盛酒]
 【燗鍋,銚子,銚釐[ちろり][燗]

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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