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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.1.12 ■■■

「卷十六 廣動植之一 毛篇」はライオン[獅子]から始まるが、次は順当に象である。仏教徒からすれば、当然のことではなかろうか。(釈迦三尊像の脇侍、知恵の文殊菩薩と慈悲の普賢菩薩は、それぞれ獅子と象に乗るのだから。)・・・

【象】,
舊説象性久識,見其子皮必泣。一枚重千斤。
釋氏書言,象七九柱地六牙。牙生理,必因雷聲。
又言,龍象六十,骨方足。
今荊地肢,兩牙,江豬也。
鹹亨二年,周澄國遣使上表,言:
 “訶伽國有白象,首垂四牙,身運五足,
  象之所在,其土必豐。
  以水洗牙,飲之愈疾。請發兵迎取。”

象膽,隨四時在四腿,
春在前左,夏在前右,如龜無定體也。
鼻端有爪,可拾針。
肉有十二般,唯鼻是其本肉。
陶貞白言,夏月合藥,宜置象牙於藥旁。
南人言象,惡犬聲。獵者裹糧登高樹,構熊巣伺之。
有群象過,則為犬聲,悉舉鼻吼叫,循守不復去。
或經五六日,困倒其下,因潛殺之。
耳後有穴,薄如鼓皮,一刺而斃。
胸前小骨灰之酒,服令人能浮水出沒。
食其肉,令人體重。
古訓言,象孕五始生。


象が死んだ親族の遺骸から離れがたい性格であることがよく知られていたのであろう。皮の重量が記載されているのは、皮がヒトの生活物資として利用されていたことを示唆している。

葬儀の情景描写には力が入っており、心に染みるものがあったようだ。象はヒトの仲間であるとの気分で書かれているといえよう。・・・

象管,環王國野象成群,一牡管牝三十余。
牝牙才二尺,供牡者水草,臥則環守。
牝象死,共地埋之,號吼移時方散。
又國人養馴,可令代樵。

  [續集卷八 支動]

普賢菩薩は六牙白象に乗るから、牙が慈悲の象徴でもあるのだろう。それはわかるが、七九柱地は何を意味するかはなんとも言い難し。この文字は版により異なり、今村選定本では"七久"だが、"七支"との記載が正統と見てよかろう、と注記にある。4肢+2牙+1尾が地面に立つ動物で神々しいということなのであろう。
凡人だと、農歴で63日目[=7x9]の春に、牙で土を掘るとしたくなるが。そう思うのは、牙に理あり、雷鳴生ずとなっているから、象が春耕を呼びかけたととれる記載に思えるから。

ただ、それは象すべてに当てはまる訳ではないとのご注意書きが付け加わる。
素晴らしい象を"龍象"と呼ぶが、その境地に達するには60歳になってから。確かに、その年代に近くなった動物園の老象は性格も穏やかそのもの。痩せてはくるが、骨格はしっかりしており、踏みつぶすような乱暴な動きは決して見せない。しかし、威厳は保っているのである。

それにしても、驚いたのは、色が黒い象もおり、それは江豬[=海豚/イルカ]との記載。鯨や海豚は海棲哺乳類であることは常識ではあるが、単なる暗記。しかし、文字から見て、古くからそれは知られていたのである。しかも、それにとどまらず、海豚と象が同類と見なしていたようだから凄い。
現代生物学が、河馬と鯨・海豚が近縁であることに気付いたのは、ほんの少し前のことだが、古代の人々の直観力は素晴らしい。おそらく、鼻先を水面に出して潜水状態で湖を泳いで渡れる姿を見てのことだろうと思うが。

ただ、その食餌量を考えると、乾燥地帯で象を飼うのはただならぬことだったろう。珍しい白象を献上したいとの上奏があっても、おいそれとはいかぬのが実情だったろう。その辺りの事情は推察せよとの一文がついている。
このような話は常にあったのだろう。

天鐵熊,高宗時,伽葉國獻天鐵熊,擒白象、師子。
  [卷十六 廣動植之一 毛篇]
葉國、高宗に、天鉄熊献上。さらに、白象と獅子捕獲。

長安では珍なる動物ではあるが、象の生息地では食肉動物でもあったから、その情報も加えている。中華帝国では、素晴らしき獣の肉は珍重されるから当然の姿勢である。
巨大な動物なので、肉といっても、どの部位を指すのかが問題となるが、その評価は様々だったことが予想される。結局のところ、品質が安定しているのは鼻らしいですゾとの結論。後世の満漢全席では、この見方が踏襲されていると見てよかろう。

象は尊崇の対象とされる一方で、南方では、いかにして殺すかの手法が高度化していることが語られている。象の性や、急所を見抜いていそう。
上手くやれば、群れ全体を仕留めることも可能なのである。
しかし、そんなことをしていてよいのかとのコメントでこの項は〆られる。
妊娠からたった1頭の出産まで5年かかるのだゾ、と。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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