表紙
目次

📖
■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.1.23 ■■■

感事

「卷九 事感」とは今村訳では"事物の感応"とされている。

事は名詞で、感は動詞なのだから、それ以外にとりようがなさそうだが、ひっくり返した「感事」とすれば、主語をヒトと考え、"事物に感応する"ということになる。小生はその感覚で読んだ方がしっくりくる。

というか、詩吟の世界を無理矢理当て嵌めただけの話だが。
  「感事」  /干濆[863年進士及第]
 花開蝶滿枝, 花開けば、蝶、枝に満つるが
 花謝蝶還稀。 花散れば、蝶。還ること稀。
 惟有舊巣燕, ただ、燕の古巣があると、
 主人貧亦歸。 主人は貧しいのに、又、帰ってくる。
"花とは蜜だけのつきあい。家の主人とは何のつきあいもない。"と考えてはいけないことになっている。

そんなつまらぬことを考えてしまったのは、「事感」奇譚の最後の2行を読んだから。・・・

郡有功曹𡼏,天統中,濟南來府君出除郡,時功曹清河崔公恕,弱冠有令コ,於時春夏積旱,送別者千餘人,至此𡼏間上,衆甚思水,升直萬錢矣,來公有思水色。恕獨見一青烏於𡼏間中,乍飛乍止,怪而就焉。烏起,見一石,方五六寸。以鞭撥之,清泉湧出。因盛以銀瓶,瓶滿水立竭,唯來公與恕供療而已。
議者以為盛コ所感致焉。
時人異之,故以為目。


どうということはない話である。

飲み水が得られず、手に入れようとすれば法外な金額を要求される事態に。
そんな時、空を見上げると、青い鳥。不思議に思い、鳥が飛び立った石を鞭で払ってみたら、突如、泉が湧いたというのだ。銀瓶に入れると、2人で飲んで丁度の水の量。お蔭で、喉を潤せたのである。

但し、この2人とは、立派なお方だったというのがミソ。

識者は、その"徳"のお蔭で、そんなことがおきたと。
一方、一般の人は、単に奇異な現象として見るにすぎない。
これこそ、物事をどう見るかという典型例。

この箇所と、その直前に掲載されている話について、今村注記は以下のように書いている。・・・
「事感」篇の三二二話、三二三話は、文体から推定して、既出の説話集からの抄録らしい。---段成式自身の文章でないことはあきらかである。

そうだろう。
だからこそ意味があるのだ。

そのもう一つにも触れておこう。・・・

平原高城東有漁津,傳云魏末平原潘府君字惠延,自白馬登舟之部,手中算遂墜於水,中本有鐘乳一兩。在郡三年,濟水泛溢,得一魚,長三丈,廣五尺。刳其腹,中有得一墜水之,金針尚在,鐘乳消盡。其魚得脂數十斛,時人異之。

こちらは、鍾乳石を入れた袋を船から落としたという話。

単なる炭酸カルシウムであり、それにどのような薬効を期待したのかはわからぬが、唐代は大いに流行ったようで、それを持ち歩く人も少なくなかったようである。
中華的発想で考えれば、長い年月でできた石だから、服用すれば、その長久感覚を頂戴できるということであろう。
おそらく、どのような形状でどこの産かで、効果は大きく変わるとされていた筈だ。ピンキリの商売が成り立っていたのだと思う。
ともあれ、そのような大切なモノを無くしてしまったのだが、これがその後発見されたというのだら驚き。
なんと、漁師が釣った魚の腹から。流石に、鍾乳石は溶解していたが、入れていた袋と金の針が残っていたという。魚は丸々と肥えていたそうな。

はてさて、この"異"をどう評価するかネ〜。
成式先生からの問いかけである。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>>    トップ頁へ>>>
 (C) 2017 RandDManagement.com