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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.2.4 ■■■

水画

唐朝で范陽と名付けられた地[涿州]の山人の話。

現代的には、北京隣接地[河北省保定市]
中原からは遠く北に離れた地だが、劉備の故郷であり、桃園結義の旗揚げでも知られる。つまり、文化的僻地ではなく、優秀な人材が揃っている地とのイメージがありそう。・・・

李叔・常識一范陽山人,停於私第,時語休咎必中,兼善推歩禁咒。
止半年,忽謂李曰:
 「某有一藝,將去,欲以為別,所謂水畫也。」
乃請後廳上掘地為池,方丈,深尺餘,泥以麻灰,日沒水滿之。
候水不耗,具丹青墨硯,先援筆叩齒良久,乃縱筆毫水上。
就視,但見水色渾渾耳。
經二日,以稚絹四幅,食頃,舉出觀之,古松、怪石、人物、屋木無不備也。
李驚異,苦詰之,惟言善能禁彩色,不令散而已。


内容は実に他愛もない。
長逗留のお別れに、流し絵を描いたというだけのこと。

"水画"という語彙は聞き慣れないが、一色だと"墨流し"、多色だと"Marbling"と言われる、今も使われている技法にすぎまい。もっとも、先進国の芸術分野ではマイナーな存在でしかないが。
しかし、古い社会ではイベント的工芸は人気がありそう。廃れいく古代の技法という訳ではないのである。

この「水画」だが、簡単なデザインなら、誰でも描けるし、少し教えてもらえばそれなりの美しい作品に仕上がる。徹底的に注力すれば、細密な仕上がりも可能と見てよいだろう。長年鍛錬すれば、それを極く短時間で完了させることができよう。
現代では、そのようなことに時間を費やす工芸家はいそうにないから、特殊な技法が開発されていないだけで、その気になればいくらでも考えつきそうな分野である。

一般に、一番難しいのは、絵を紙や布に写し取るところと言われている。それに、そのあと注意深く乾燥する必要がある訳だが。

そんなことを考えると、この作家の場合、絵の具や墨に独自配合の糊的物質を混ぜたと思われる。
おそらく、短時間に細密に描いて、その上に薄い膜を張ることで、その絵が上から見えないようにしたのであろう。
覗いても、水面は混沌とした色にしか見えない訳である。

普通は、流し絵はほとんど即興芸にもかかわらず美しく完成されているのがウリ。そこで、作画過程を見せながら、大道販売するものだが、この場合は二日間放置である。
灰の成分が溶け込んだ水で糊が化学変化し、細密絵が半固定化されるのであろう。
振動大敵ということで、屋内の床下に池を掘る必要があったと解釈することもできよう。

古松、怪石、人物、屋木と、絵に必要そうなモチーフはすべて揃っていたというから、確かに工芸の粋と言ってよいだろう。

ついでながら、一言。・・・
職人にその至芸の秘訣を訪ねるのは、インテリ階層のバカさ加減を示していると言ってよいだろう。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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