表紙 目次 | ■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.2.13 ■■■ 趙の魂話「巻二 玉格」には、所謂、「異聞集」に収録されるような傳奇小説のプロトタイプが収録されている。生の世界と、死の世界の切れ目が、官僚統制下にあるのが特徴と言えよう。 そして、それを取り仕切るのが道士。 この話の核心は、60年にわたる、個人の功罪を記録した帳面があり、そのデータを基にしてヒトの運命が決まるという点。当然ながら、書き間違いや、誤認もある訳だ。つまり、書き換えも可能ということになる。官僚世界で上手く立ち回るスキルがあるなら、現生で長生きができることを意味している訳だし、ゆくゆくは冥界でも、その能力を活用できることになろう。 明經趙業貞元中選授巴州清化縣令,失誌成疾,惡明,不飲食四十餘日。 貞元[785-804年]の頃のこと。 科挙明経科に及第した趙業は巴州の清化県[@四川の羌族住居地]の令に任命された。 失意の余り疾病に。視力が悪化し、40日余りも飲まず食わず。 忽覺室中雷鳴,頃有赤氣如鼓,輪轉至床騰上、當心而住。 初覺精神遊散如夢中。 突然室内で雷鳴を覚えた。 しかるべき後に、鼓の如き赤い気がやってきて、 転がるようにして、寝床の上に。 やがて上にのぼり、心に住み着いた感じがした。 初めのうちは、精神が遊び回って、 まるで夢の中の心地。 有朱衣平幘者引之東行。 出山斷處,有水東西流,人甚衆,久立視之。 又東行,一橋飾以金碧。 過橋北入一城,至曹司中,人吏甚衆。 朱色の衣を着て、平幘を被った者に引かれて、東に進んだ。 すると、山の断崖に出た。 そこは、東西に水が流れており、人でごったがえしていた。 ずっと、それを眺めて立ち尽くしていたのだが、 又、東へと進んだ。 すると、金碧で装飾された橋が現れた。 橋を過ぎて、北側に入ると城があり、曹司の建物の中に入った。 人と官吏で大混雑であった。 見妹婿賈奕,與己爭煞牛事,疑是冥司,遽逃避至一壁間,墻如K石,高數丈,聽有呵喝聲。 見ると、そこには妹婿の賈奕がいた。 かつて、殺牛の揉め事で争った相手である。 ココは冥界の司直の場であるとの疑念が湧いたので、 すかさず逃避、壁の間に入った。 その壁は黒石のように立ち、高さは数丈もあった。 警告の怒鳴り声が聞こえてきた。 朱衣者遂領入大院,吏通曰: 「司命過人。」 朱色の衣を着た者に領導され、大きな院に入ると、 官吏が報告にやってきて、 「司命が人を見過ごしてしまいました。」と。 復見賈奕,因與辯對。 奕固執之,無以自明。 忽有巨鏡徑丈,虚懸空中,仰視之,宛見賈奕鼓刀,趙負門有不忍之色,奕始伏罪。 再び、賈奕を見かけた。因って、弁論が始まり対立に。 当然のごとく、賈奕は固執するから、自説の正しさは通らない。 そこに突然、空中に直径1丈もある鏡が現れ、 空中に留め金もなしに懸った状態に。 仰ぎ視ると、そこには鼓刀を持つ賈奕の姿が見え、 趙業は門を負う様にして、不忍の表情を浮かべていた。 ようやくにして、賈奕は罪を認め始めた。 朱衣人又引至司人院,一人被褐,帔紫霞冠,状如尊像,責曰: 「何故竊撥襆頭? 二事在滑州市,隱橡子三升。」 因拜之無數。 朱色の衣を着た者は、再び、領導して、司人の院に入った。 そこには、褐を被り、帔紫霞の冠をつけた司人が一人いた。 まるで、尊像のようだったが、口を開いて叱責。 「どういう理由で襆頭を徴発したのか? 2つは滑州市のこと。橡子を三升隠匿したな。」と。 そこで、数限りなく、拝礼をすることに。 朱衣者復引出,謂曰: 「能遊上清乎?」 乃共登一山,下臨流水,其水懸註騰沫,人隨流而入者千萬,不覺身亦隨流。 良久,住大石上,有青白暈道。 朱色の衣を着た者は、再び、領導し、言うことには、 「"上清"の地に遊んでみるか?」と。 と言うことで、一緒にとある山を登った。 下の方へと流水がほとばしり、 その水は騰沫となって流れおちていた。 千萬もの人々が、その水流に従って流れ行く状況。 不覺にも、自分もその流れのなかにいた。 暫く行くと、うまいことに、大きな岩の上で休めることに。 そこには青白色の暈の道が。 朱衣者變成兩人,一道之,一促之,乃升石崖上立,坦然無塵。 すると、朱色の衣を着た者は二人の人間に変身してしまった。 一人は道案内の導師役で、もう一人は後ろから歩くのを促す役。 行數里,旁有草如紅藍,莖葉密,無刺,其花拂佛然飛散空中。 又有草如苣,附地,亦飛花,初出如馬勃,破大如疊,赤黄色。 過此,見火如山亙天,候焰絶乃前。 数里進むと、傍らに紅藍の様な草が生えていた。 茎葉が密で棘はない。 その花弁がフッフッと空中を飛散する状態。 それ以外に、苣のような草も。 こちらは、地面に付着しており、これ又花が飛散。 馬勃の如き草だが、破れた大きさは疊くらいで、赤黄色。 そこを過ぎると、山の如き火が見えてきた。 天が横に広がっているような感じ。 火の勢いがおさまった頃合いを見て、さらに前へと進んだ。 至大城,城上重譙,街列果樹,仙子為伍,叠謠鼓樂,仙姿絶世。 凡歴三重門,丹艨交煥,其地及壁,澄光可鑒。上不見天,若有絳暈都覆之。 ついに、大きな城に着いた。 城の上には譙が連なり、街路には果樹。 仙子が隊伍を組んで、叠謠鼓樂。その姿は絶世。 結局、三重門を通過。 丹艨で輝きわたり、地面も壁も、澄んだ光が跳ね返っていた。 上を見ても天が見えず、絳暈の覆いが被さっているかのよう。 正殿三重,悉列尊像。見道士一人,如舊相識,趙求為弟子,不許。 諸樂中如琴者,長四尺,九弦,近頭尺餘方廣,中有兩道,以變聲。 又如一酒榼,三弦,長三尺,腹面上廣下狹,背豐隆。 正殿は三重だった。すべて、尊像が列をなしていた。 見ると、道士が一人おり、旧知の間柄のようだった。 そこで、趙業は弟子にしてくれるよう要請したが、許されず。 諸樂のうち、琴は長さ4尺の九弦。 頭側は1尺余りの方形で、中に2本道。それで音声を変える。 酒榼形のものもある。 こちらは、三弦で長さ3尺。腹の上面は広く裏は狭い。背は豐隆。 頃有過録,乃引出闕南一院, 中有絳冠紫霞帔,命與二朱衣人坐廳事,乃命先過戊申録。 録如人間詞状,首冠人生辰,次言姓名、年紀, 下註生月日,別行布六旬甲子,所有功過日下具之,如無即書無事。 趙自窺其録,姓名、生辰日月一無差錯也。 過録者數盈億兆。 朱衣人言,毎六十年天下人一過録,以考校善惡,搗ケ其算也。 暫くすると、過去帳有りということで、闕から出て、南にある院へ。 その中には、絳冠紫霞帔の姿の人がいた。 朱色の衣を着た二人と共に、庁事に座るよう命令された。 そして、先ずは、戊申を記録せよと命じた。 それは、人間の詞状の記録のようだった。 冒頭には人の生辰を記し、次に姓名と、年。 その下に、生年月日を注記し、 さらにそのに六旬甲子を並べる。 功過があれば、日付の下に具体的に記載。 書くべき事が無ければ、"無事"と。 趙業はその記録簿を覗いてみた。 姓名、生辰日月に間違いはなかった。 この過録に収載される人の数は億兆に達することになろう。 朱色の衣を着た人の言うことには、 60年毎に天下人が過録を点検すると。 これを持って、善悪の考課とし、増減調整の計算をするとのこと。 朱衣者引出北門,至向路,執手別,曰: 「遊此是子之魂也。 可尋此行,勿返顧,當達家矣。」 依其言,行稍急,蹶倒。如夢覺,死已七日矣。 朱色の衣を着た人に引率されて北門を出て、向かう路にさしかかった。 ここで、手を執って別れることになった。 そして、一言。 「ここで遊んだのは、魂に他なりません。 後は、この路をずっと行くことができます。 決して振り返ってはなりません。 そうすれば、ぴったりとお宅に到達することに。」と。 その言い草に従って、暫く行くと、急に躓いて転倒。 夢から覚めた如し。それは死んでから7日目だった。 (参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載. 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>> トップ頁へ>>> (C) 2017 RandDManagement.com |