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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.3.3 ■■■

盜跖

余計なコメントを一切排除し、盜跖が英雄視されている話が収載されている。そして、それを消滅させる施策が書かれている。・・・

高堂縣南有鮮卑城,舊傳鮮卑聘燕,停於此矣。
城傍有盜跖冢,冢極高大,賊盜嘗私祈焉。
齊天保初,土鼓縣令丁永興,有群賊劫其部内,興乃密令人冢傍伺之,果有祈祀者,乃執諸縣案殺之,自後祀者頗絶。

  [卷九 盜侠]

盗跖は盜匪9,000人の首領。
行天下,侵暴諸侯,穴室樞戸,驅人牛馬,取人婦女,貪得忘親,不顧父母兄弟,不祭先祖。
  [「莊子」盜跖第二十九]

この悪党的な記述部分ではなく、その後の、盜跖が行う儒教思想批判が有名。「大義名分」ほど悪辣な宣伝はなかろうとのトーン。
世衰道微を他の説のせいにする儒教に対する不快感爆発でもある。
世衰道微,邪説暴行有作。
其君者有之,子其父者有之。
孔子懼,作《春秋》。

  [「孟子」滕文公下]

まあ、真っ当な話である。
ドグマ的に義に従い、自分の命を軽んじる輩は道に外れていると大演説したからである。
孔子反論できず。・・・
盜跖大怒曰:
 「---丘之所言,皆吾之所棄也,亟去走歸,无復言之!
  子之道,狂狂汲汲,詐巧虚偽事也,非可以全真也,奚足論哉!」
孔子再拜趨走,出門上車,執轡三失,
目芒然無見,色若死灰,據軾低頭,不能出氣。
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孔子曰:
 「---丘所謂無病而自灸也,
  疾走料虎頭,編虎須,幾不免虎口哉!」


ともあれ、悪党崇拝が広がってはこまる訳で、それなりの対処をとる以外に手はないのである。

引用の仕方から想像するに、成式は、悪党の思想の根はあくまでも「利益」と見ていたに違いない。従って、これに対抗するには、今のモードでの悪行を続けると不「利益」を被ることになることを理解させることが一番。
「仁義」とか「徳」という、抽象的で曖昧な概念は駄目である。「利」を求めるための、ご都合主義にしか映らないからだ。実際、そんな例など五万とあろう。儒教は空理空論であり、実践的には全く意味なしということ。
「濁 v.s. 清」や「善 v.s. 悪」が通用するのは、仏教徒コミュニティ内であって、「利」で動く中華社会の世間一般ではないのである。

つまり、常識的には、盗跖とは盗賊というより、民衆反乱の親玉ということ。際限なき軍事費膨張と頻繁な徴兵で疲弊する民をまとめ、盗賊という形で闘争を繰り広げたにすぎまい。従って、民衆にとっては盗跖は偉大な英雄そのもの。塚信仰が生まれるのは当たり前。
地方官経験者の成式にとっては、そんなことは常識中の常識だった筈。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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