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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.3.31 ■■■

喪衣類

段成式のセンスの良さを示すのが、「卷十三 屍」での喪衣の取り上げ方。
どうして、そのような風習になったか、自分の頭で考えてみれば、社会の深層が透けて見えてくるゾと言いたげ。

少なくとも、衣に関しての概念が色々あることがよくわかる。

先ずは、・・・

亡人坐上作魂衣,謂之上天衣。

魂が着る衣は、やがて魂が天に昇るなら天衣となる訳だ。

これは、冥衣とは違う。そちらは、幽界にいる親族や愛する人達が着用するもの。日本では馴染みが薄い用語だが。
冥陰節/鬼頭日@農歴十月初一臘祭日には、秦の迎冬礼的な印象を与える"送寒衣"行事が行われる。秦では正月にあたる時期な訳だし。この日には、亡くなった人の冥福を祈って紙製の冥衣を焼いて供養する風習がある。このため俗称は寒衣節である。始皇帝時代の孟姜女千里送寒衣と繋がる話もあるが、後世のこじつけかも。

ここらの用語は、違和感がないが、中華的にはこれとは異なる語彙を使う方がしっくりくるようだ。・・・

,鬼衣也。

鬼衣とは、死んだ人の幽霊の衣ということだろう。
[=+衣]とされているから、亡骸の瞼を覆う布ということであろう。これは、かなり古層の信仰ではないか。
に似た文字に榮[略字身体:栄]があるが、こちらは2本の松明が交叉する象形と思われる。

さらに、なかなか鋭い指摘が。・・・

明衣起左伯桃。

"舍命之交"[朋友である左伯桃と羊角哀の生死の交流伝説]@佚「烈士傳」が死装束の原点だというのである。 (楚へ求職に出たが険しい道中で雪雨に遭遇。凍死確実なので、左伯桃は、より有望な羊角哀に衣類を与え、木の洞に入って死んだ。後、角哀は楚王に認められ、角哀の厚葬が行われた。)

但し、明衣自体は古い言葉である。・・・
 齊,必有明衣,布。 [「論語」郷黨第十之七]

齊用の衣類ということだが、その辺りは日本の状況を見ると想像がつく。神事用白布浄衣(沐浴後着用)を「明衣」(=湯帷子@和名抄)と呼んでいるからだ。死者が着る衣類の意味と言われており、それは、生命再生儀式であることを物語るというのが一般的解釈。現実的には人々の祓いのための装束だが。ちなみに、これが庶民の浴衣の原形と言われており、冥界と交流するための盆踊りでは必須の衣装となる訳だ。

この明衣だが、中華帝国では、当然ながら色々と規則が作られている。・・・
明衣裳用布,笄用桑,長四寸中,布巾 環幅不鑿,掩練帛,廣終幅,長五尺,析其末,
  [「儀禮 or 禮古經」士喪禮@B.C.475-221年]
単純に見える衣だが、儀式となるとこうなる訳である。

成式は、喪に服す側の衣についても触れている。・・・

遭喪婦人有面衣,期已下婦人著幗,不著面衣。
又婦人哭,以扇掩面。或有帷幄内哭者。


「面衣」とは、常識的には顔面を覆う女性用の頭巾だと思われる。儒教の男尊社会での規定からきていそう。
現代の中東イスラム社会でみられる風習、"ニカーブ(+ヒジャーブ)"とほぼ同等。・・・
 男不言内,女不言外。
 男子入内,不嘯不指,---。女子出門,必擁蔽其面,---。
  
[「禮記」内則第十二]
 既出門,神仆策馬亦至,嘉福上馬,
 便至其家 ,家人倉卒悲泣。
 嘉福直入,去婦面衣候氣,頃之遂活。

  [唐 戴孚:「廣異記」仇嘉福]

これからすると、東博所蔵重文「樹下人物図」@トウルファン 716年[→e-国宝]は、"頭巾を外そうとしている男と、その男の袍の左袖を両手で持つ若い侍者"ではなく、黒頭巾女性と付き人だろう。
「面衣」は西域渡来の習慣と考えてよいのではないか。

期服は1年間の喪に服す期間を指すのであろう。

幗には"ちきりこうぶり"という訓がある。喪用髪飾りとされているが、老婦人が付けるとする辞書もあるので、頭巾ではないか。もともとは、喪に用いるものではなく、頭巾の代用冠を指すものかも知れない。竹製や藁製の冠ではないかと思われるといった文字をあてている場合もあるので。

上記の文のなかに、衣類以外の話が混じっているので、そこも見ておこう。・・・

桐人起虞卿,

俑といえば、始皇帝の兵馬俑が頭に浮かぶ。だが、俑殉には、もともとは桐の木雕[=彫]製が使われていたのだろう。つまり、木偶、あるいは桐人。(木雕以外は、陶製、泥塑、皮影。)つまり、桐人=ということ。
尚、虞卿[B.C.3世紀中頃]は「虞氏春秋」の著者で趙の宰相である。・・・
王肅《喪服要記》曰:
 魯哀公葬父,孔子問曰:
  「寧設桐人乎?」
 哀公曰:
  「桐人起于虞卿。
   虞卿,齊人,遇惡繼母不得養,父死不得葬。
   知有過,故作桐人。
   吾父生得供養,何用桐人爲?」

  [「大平御覧」卷五百五十二 禮儀部三十一 芻靈]

副葬品はこんなところだというのである。・・・

屋舎,車馬,奴婢,抵蟲蠱,塗車[遣車]
霊,俑,
刻木為屋舍,車馬,奴婢,抵蟲蠱等。
周之前用塗車,靈,
周以來用俑。


霊は草藁製人形らしい。

柩棺を牽引する綱引き歌が挽歌の起源という一文も入っている。・・・

挽歌起謳。
故舊律發冢棄市,冢者重也,言為孝子所重,發一土則坐,不須物也


(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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