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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.4.19 ■■■

酉陽雑俎的に山海経を読む

--- 海内南経 ---

<海内南経>の対象は東南隅〜西。
---海中---
【甌】・・・浙江
・・・福建
  @西北
§福建には武夷山脈と載雲山脈があり、海沿いの地域でも山が迫っており、古代は山国と考えるべきだろう。山は山系の総称だろうが、福州中部にある烏石山が唐代にそのように命名されている。§
  三天子山[西海北 or 海中]
海の貿易が盛んになる以前であるから、ここらはざっくりと2地域あるということで十分なのであろう。
閉ざされた地域から脱皮したのは、民がそれを志向した訳ではなく、中原の戦乱が続いたため多くの避難民が移住したきたためだろう。そして、中華帝国に組み込まれていく訳だ。しかし、特に、は地形上勢力はフラグメント化せざるを得ないし、バラバラで自立意向が強い海人がまとまることもない訳で、国名があがっていないのは、実情をよく見ている証拠とも言えよう。

次が珠江水系である。・・・広東広西雲貴

黄河や揚子江ばかり取り上げられるので、さっぱり目立たないが、にわたる広域大型河川である。デルタは全体のほんの一部にすぎず、ほとんどは山地丘陵。流域より東南の地域は両広丘陵。

【伯慮國、離耳國、雕題國、北國】@鬱水南(⇒湘陵南海)
§鬱水[=郁江]は江南の珠江水系の西江支流である。貴州に近ければ、"夜郎自大"で有名な農耕民族である僚族の地。そうだとすれば、伯慮="伯"僚ということに。
離耳國は幼少の頃から重い耳飾りを着けるのが大好きということ。今でも貴州には多そうな風習である。
雕題國とは鮫に対抗できる姿にする必要性がある地域。南方沿岸地域の海人ということになる。
は亜熱帯地域を示唆しているとすれば、「史記」始皇本紀に見える越南の北向戸かも。越南は後世だとベトナムになるが、この時代は珠江デルタを意味しよう。
要するに、揚子江から南に、珠江という大河があり、4つの特徴ある地域にわかれていることを指摘していることになる。§


ここからは、地域がよくわからない。
状況を勘案すると、揚子江の中流から上流の辺りのように思える。・・・四川

【梟陽國】(人面)長脣K身有毛反踵 見人笑亦笑 左手操管
§増補である「海内経」[→]で長江流域の記載に"巨人"が登場するが、そっくりである。同じように、ヒトではなく、絶滅した狒々を指していると思われる。[注参照]森が多かったのであろう。§
   的獣・・・蒼K一角
    ▲蒼梧之山
   丹朱
   人面的獣
   的獣犀牛・・・K
   巴の神[夏后之臣] ▲丹山西
   的獣[食人]・・・水棲 龍首
人國】(人面)魚身無足
【建木】
§絶滅は確実とみられる揚子江河海豚[白]がトーテムだったのであろう。§
【巴蛇】・・食象 or K蛇青首
§四川盆地には巨大錦ヘビが存在していたようである。§
的獣旄馬】・・・四節有毛
§脚の間接に毛が生えていることが、何を意味するのかわからぬが、輓曳用馬のような重量級で足太品種か。§
【匈奴、開題之國、列人之國】
§この国々は、もちろん、"並在西北"である。現代人から見れば、匈奴とくれば、中原への北側からの脅威というのが常識。<海内北經>の頭にも、これらは収録されているので、落丁的入り込みとみなしたくが、そこらはなんとも。なにせ、未だに、その出自はおろか、人種さえもが曖昧な定義のままなのだから。この時点の匈奴は鳥の文化に大きく影響を受けていたということを指摘しているのかも。と言うか、全体の状況を勘案すると、南の文化は中原の文化より魅了的だった時代があったのは間違いなさそうである。§

{注} 狒狒,如人,被發,迅走,食人。(梟羊也。《山海經》曰:“其状如人,長唇K,身有毛,反踵,見人則笑。交廣及南康郡山中亦有此物,大者長丈許。俗呼之曰山都。)[爾雅注疏 卷第十]と記載してある書があるが、巨人[海内経]や上記の梟陽國人[海内南経]にも「山都」は見つからない。ともあれ、狒狒/山都は有毛で全裸のようだから、ヒトではなかろう。・・・廬江大山之間,有「山都」,似人,裸身,見人便走。有男,女,可長四五丈,能𡅇相喚,常在幽昧之中,似魑魅鬼物。[干寶:「捜神記」第十二卷]


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