表紙 目次 | ■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.9.2 ■■■ 傷つけられた木の精樹木には気があり、それは精霊だが、ヒトに悪さをすることもある。そんな場合はただちに消せというのが中華帝国の風土。妖怪の類いは有無を言わさず叩きのめすのが大原則。どうして現れたかは、後で知ればよいだけ。この話もその手のもの。ただ、成式がそれをわざわざ収録したのだから、どこか気にいった点があったのだろう。・・・ 臨P西北有寺,寺僧智通,常持《法華經》入禪。 毎晏坐,必求寒林靜境,殆非人所至。 經數年,忽夜有人環其院呼智通,至曉聲方息。 歴三夜,聲侵戸,智通不耐,應曰: “汝呼我何事?可人來言也。” 有物長六尺余,p衣青面,張目巨吻,見僧初亦合手。 智通熟視良久,謂曰: “爾寒乎?就是向火。” 物亦就坐,智通但念經。 至五更,物為火所醉,因閉目開口,據爐而鼾。 智通睹之,乃以香匙舉灰火置其口中。 物大呼起走,至閫若蹶聲。 其寺背山,智通及明視蹶處,得木皮一片。 登山尋之,數裏,見大青桐,樹稍已童矣,其下凹根若新缺然。 僧以木皮附之,合無蹤隙。 其半有薪者創成一蹬,深六寸余,蓋魅之口,灰火滿其中,火猶熒熒。 智通以焚之,其怪自絶。 [續集卷一 支諾皋上] 臨P@河南内郷城南の西北にあった寺でのこと。 寺僧の智通は常に「法華経」の持経に励んでおり、 禅の境地に入ることを旨としていた。 晏坐する時は何時も必ず、寒林の雰囲気の静かな環境を求め、 人がほとんどこない所に入っていった。 数年経ったある夜のこと。 忽然と、寺院の周りに人が現れて智通を呼んだのである。 しかも、明け方になって ようやくその声が終息するまで、続いたのである。 それが3夜目になった。 ついに声が戸の中に入ってきたのである。 流石に、智通も耐えられずに、対応した。 「汝、吾輩を呼ぶが、何の用事があるのだ? 入って来てかまぬから、言ってみよ。」と。 その声の主は、身長6尺余り、 p衣を着て、顔面は青色だった。 目をカッと張りつめており、巨大な唇が目立った。 僧を見ると、初めてなので、合掌。 智通はそのモノを熟視すること、かなりの時間。 そして、言った。 「そなたは寒いのか? それなら、火の方に行きなされ。」と。 そこで、そのモノは、そちらにおもむき、坐した。 一方、智通はただお経を念ずるだけ。 そして、五更[午前3〜5時]に。 モノは火にあたっていて酔ってしまい、 目を閉じ、口は開けっ放し、爐によりかかって鼾まで。 智通はこの様子を見とめ、すかさず、 香匙で火灰をすくいあげて、モノの口の中に入れた。 モノ、大声を張り上げ、起きて走り去った。 しきいで躓いたような音が聴こえた。 その寺の背には、山があった。 夜が明け、智通は躓いた箇所を視てみた。 そして、そこにある、一片の木の皮を拾ったのである。 山に登って、その主を尋ねて数里歩いただろうか、 青桐の大木を見つけたが、その梢はすでに禿ていた。 その下の凹んだ根は今まさに欠けたばかりの状態。 僧は、得た木の皮をその箇所につけてみた。 すると、見事に合致し隙間無し。 その木の半ばを見ると、薪取りがつけた創傷あり。 その深さは6寸余り。 おそらく、それがこの木の魅の口と思われた。 実際、その中には、火灰が満たされていたのである。 しかも、火は未だにフツフツと燃えていた。 早速、智通はこの木を焚きつけてしまった。 その後、この怪が出現することはなかった。 樵に大きな切り口を開けたが、どういう都合か、伐採せずにママ放置するような樵もいたようである。なんの意味もなく、傷つけっぱなしにしておくのは、仏教的には面白くない仕業である。そう考えて読むと、別な面が見えてくる。 (参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載. 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>> トップ頁へ>>> (C) 2017 RandDManagement.com |