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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.10.24 ■■■

巫桓

遍く知られている樹木だが、かつてどう扱われていたかわすれさられていることを、実に、さりげなく指摘。・・・

無患木,燒之極香,辟惡氣,
 一名噤婁,
 一名桓。
昔有神巫曰瑤
能符劾百鬼,擒魑魅,以無患木撃殺之。
世人競取此木為器用卻鬼,因曰無患木。


無患木/ムクロジ/Soapberryは果皮にサポニン成分が多いので石鹸として使えるという点だけが強調されるし、種子は数珠玉や羽子板用球に使われるので極めて硬いとの印象があるので、気付かないことが多いが炒って食べることができる。
香りはどのように感じるのかは定かではないが、炒りたては香ばしい筈である。
それが邪悪気になると考えられているとは。

それはそれとして、別名が矢鱈に多い樹木である。「本草綱目」木之二(喬木類五十二種)無患子を見ると全体の流れが想像できる。・・・
[釋名]
桓(《拾遺》) 木患子(《綱目》) 珠子
藏器曰:
 桓、患字,聲訛也。
崔豹《古今注》云:
 昔有神巫曰寶,能符劾百鬼,得鬼則以此也。
 與苡同名。


当て字化で、名称は、こう変化したことになる。
  桓⇒木桓子⇒木患子⇒無患子
なるほど感ありだが、成式はまてヨ、と言っているのである。
  桓木の実(桓)⇒無患木の実(無患子)
当然ながら、神巫による鬼の棒叩きからの名称も。
  鬼見愁
数珠利用を意味していそうな名称が加わる。
  珠子(肥珠子、油珠子)
実用上の俗称も使われていた訳だ。
  洗手果
地域的には、上記に当てはまらないもの。
(多分、漢方薬としての名称であろう。)
  木眼仔@香港、黄目子@台湾
"無患子"はいかにも文字遊びに映る。
それが面白くない地域もあるようだ。
  苦患樹@海南島
わからない名称も。
(果実成熟化過程観察者が使う専門用語では。)
  噤婁

面白いのは、仏典に博識とされ、仏教徒でもある成式が、"木子"製の数珠の話を一切持ち出していない点。「仏説木槵子経」という経典にその起源が記されているというのに。
時難國王。名"波流離"。遣使來到佛所。
頂禮佛足。白佛言:
 「世尊!
  我國邊小。頻寇賊。五穀勇貴。
  疾病流行。人民困苦。…。」
佛告王言:
 「若欲滅煩惱障報障者。
  當貫木子一百八。
  以常自隨。若行若坐若臥。
  恒當至心無分散意。
  稱佛陀達摩僧伽名。
   :
  永斷煩惱根。獲無上果。」
信還王。王大歡喜。
 [CBETA電子版No. 786]

このことは、この翻訳の"木子"は無患木と別種であるか、東アジアに広まる無患木製の数珠の起源は、インドのバラモン教から仏教に引き継がれている数珠ではないと見たか、のどちらかではないか。

別種という点では、欒樹 or 木欒子/モクゲンジ or 栴檀葉菩提樹の可能性も無いでもないが、入手が容易で良質の無患木をわざわざ避ける理由が見当たらぬ。
そうなると、東アジアでの無患木の祭祀使用は相当に古いと考えざるを得ない。

そう思って考えると、神巫の邪悪気というか邪鬼の行為はとてつもなく古い儀式と言うことになろう。
成式は、官僚的百科辞書のような意識で記載している訳ではないから、古い名前を出してきたということは、古代、「巫桓」が存在していたと指摘しているようなもの。

尚、山海経中山経第11山系には以下の文章がある。郭璞[276-324年]の注記等から、無患木であるというのが定説になっているようだ。
 𥮐;之山,其上多松柏机桓。

陶淵明:「歸去來辭並序」にも。(盤桓が何なのか気にするような人はいそうにないが。)
 …雲無心以出岫,鳥倦飛而知還。
  景翳翳以將入,撫孤松而盤桓。…


(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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