---「情報革命」神話の見方 その4

            国の役割は終わるのだろうか?

 国という単位は不自然なものであり、経済活動を司る機能を果たしていない、と主張する著名人が多い。確かに、一国のGDPと肩を並べる生産額に達している巨大企業のグローバルな活動を見ていれば、そう映る。しかし、「通貨」の状況を見る限り、現実はそこまで行っていないのではないか。少なくとも、国家が、社会から浮いた存在になっているとは思えない。

 こうした見方は少数派と思っていたが、そうでもないようだ。カリフォルニア大学サンタバーバラ校の学者、ベンジャミン・コーヘンの著作が翻訳された。グローバル化する通貨の問題をとりあげた、『通貨の地理学』(シュプリンガー・フェアラーク東京、2000年6月、原著98年)である。国家の役割についての議論が秀逸だ。
 資本はグローバルに移動するから、国の施策は市場に受け入れられるようなものにならざるを得ない。---これが、20世紀末の政治・経済の実情だ。市場を無視して、国は政策を打てなくなった。しかし、こうした見方は通貨機能の一面にとらわれすぎている、との指摘がされている。
 論理的には、当然の主張といえよう。「通貨」というが、その出所は「国」なのである。いくら市場の力が強大といっても、この権力を奪える訳ではない。

 納得する点が多いが、ネット時代に突入すると、この論理的帰結はどうなるのだろうか。

 すでに、ウエブ技術は汎用化し、インターネット空間上の取引は珍しいものではなくなった。この仕組みが全世界に普及するのも時間の問題だ。この取引が進めば、ハードな通貨は一切不用となる。コンピュータ上ですべての「通貨」が動くことになる。
 しかも、電子キャッシュも現実化してきた。明白な「通貨」である。しかも、発行元は国ではない。しかし、この「通貨」を誰が保証するのだろう。もしも、「国」という権力機関無しで、皆から信認を得られる「通貨」が登場したら、それはまさに革命だ。

 こうした革命が起こる可能性は低いと思うが、ゼロとは断言できない。少なくとも、国家は新たな「通貨」権力との戦いを強いられる。遠からず、問題が勃発し、経済は激動するだろう。情報通信技術は間違い無く、革命的なインパクトを与えるのである。
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