---日本のIT戦略

  インパク終了1年後の総括

 1年前、インパクが閉幕した。意外な程、その後の論評が少ない。もともと、インターネットを活用している人はほとんど期待していなかったし、初めて触れた人にとっても寄せ集めの集合体を見続ける気にもならないだろうから、いまさら論議する気もしないのだろう。

 しかし、総括なしに、インターネット時代を切り拓く政策を議論することはできまい。今なら、冷静に語ることもできるだろうから、少しは時間を割いて議論したらどうだろう。

 まずは、インパクに対する反応だが、不評だったというのが実情のようだ。主催者までが「国がやるということが1つの致命的な欠陥であって、それは堺屋長官もわかっていた。」と総括集会で発言した。要するに、雑炊的な内容で、なにを見るべきかもわからないし、見たいものがどこにあるかもわからないため、まともな評価が得られなかったのである。
 そもそも、インターネットを使っていた人達は、このような結果になりかねない「博覧会」の考え方に、最初からネガティブな反応を示していた。そして、結局のところ、主催者/インパク編集者側も「博覧会」型コンセプトにネガティブな意見を述べた。当事者の思想そのものが混乱して終わったのである。ここだけ取り出せば、不成功とみなせる。(http://japan.internet.com/public/pub/20011130/1.html)

 ところが、このような総括はほとんど意味をなさない。企画そのものが、インターネットの実情に縁遠い人達が体で理解するためのお祭だからだ。当然の結果を招いただけである。
 注目すべきは、このような催し物が、国が決定すると、企業から全国津々浦々の地方組織まで、黙々と動く点だ。驚異的な組織力だ。
 お蔭で、ホームページ作成業やサーバ運営などの仕事が急増したし、マスコミの動きも活発化した。この大騒ぎで、通信料金が下がった、ともいえよう。日本の典型的な政策浸透パターンである。

 このようなパターンが今もって有効なのに驚かされるが、インパク終了ではもっと驚いた。

 インターネットのメリットのひとつは、アーカイブ化(蓄積/保存/検索)が容易で維持費用も安価な点にあるが、インパクはこのメリットを認めなかった。ヒト・モノ・カネを投入して作成された膨大な量の情報が、終了後、すべて消失した。博覧会であるから、原則通り、終了後はすべて解体されるのだろう。今や、インパクは痕跡を見つけることさえ困難である。
 ところが、インパク開催中は、「コンテンツの半分は歴史に残る貴重な財産」と代表者が発言していた。ということは、貴重な財産を、国の勝手な都合で消滅させられたに等しい。財産を作り上げた人達は怒るのが普通だと思うが、1年間たっても、コンテンツ再開示要求を聞いたこともない。
 国が決定すると、企業も全国津々浦々の地方組織も、黙々と従うのだ。

 ・・・といった論調を並べると、インパク批判者と見なされ、論議が止まる。ここに問題がある。

 批判者の多くは、インパクを無駄なイベントだったと切り捨てる。ホームページの内容や、閲覧状況を批判するが、上記の状況を考えると全くの的外れであることがわかる。
 インターネットを知らない人に主導させたイベントなのである。そして、批判者の指摘通りの結果になっただけである。
 欲しいのは、インターネット普及と新産業勃興につながる効果ある政策であって、素人に対する無知の指摘ではない。批判者は、この点がわかっていない。

 インパクが無ければ、マスコミも騒がなかっただろう。間違いなく、インフラ作りはさらに遅れたに違いない。冷静に眺めれば、インパクはインフラ普及に相当貢献したといえよう。「モノの普及」という観点から見れば、予想以上の大健闘だ。
 しかし、それで良かったかかは別な問題である。

 政策浸透パターンと自律性確立の視点から見ると、インパクは明らかに最悪のイベントといえよう。  政府が決めたことに黙々と従い、一生懸命品質向上に励むパターンでは、新しい産業が立ちあがるとは思えない。ハコモノは揃うが、産業はおそらく育たない。
 e-Japan構想も全く同じパターンで進んでいる。政府の予算に、多くの企業が群がるが、活用する側に、自律的に動く兆しがない。インパク同様、内容は不評で使われない可能性が高いが、インフラ普及は進む。
 このようなIT化は、国全体の活力を削ぐし、資本効率を益々下げる。日本復活というより、衰退化の道を歩みかねない。

 遠回りであるが、インターネット普及が進まず、危機感が醸成され、企業や地方組織が市場を立ち上げるために必死の努力をしていた方が、長い目でみればずっとよかったと思われる。

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