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   WinXP SP2 リリースで感じたこと…
2004.9.13
 2004年9月、Windouws XP SP2 正式日本版がリリースされた。

 ところが、厳格なセキュリティ方針で動いている企業のIT管理者は、OSを更新すべきか思案顔のようだ。様々な不具合が発生するのは、間違いなさそうだからだ。
 今までは、Windows の脆弱性を批判していた人が多いが、いざ、現実にセキュリティ強化版が登場すると、更新に対して嫌な顔をするのだから、勝手なものである。それでも、専門家は仕事だから、おそらく淡々と更新に向かうのだろう。

 大変なのが個人である。なにが発生するか、インストールしてみなければわからない。問題が発生したら、素人の力では解決しがたいことを、今までの体験で知っている。うんざりする、といった心情だろう。

 しかし、おそらく、これは乗り越えなければならない壁なのだろう。

 セキュリティ強化と、気楽に簡単に使えることが両立する訳はなく、バランスをどうとるかである。ネットワーク構造を実現するには、前者に力点をおかなければならないのは、至極当然のことであり、その過渡期における混乱はいたしかたがない。
 Microsoft を嫌う勢力は、SP2をけなしているようだが、それ以外の道などありえまい。
 早ければ、早いほど痛みが小さくてすむだけの話しである。

 とはいえ、現実には大事である。個人的には、更新をお断りしたい心情である。

 同じことが、Windows98 にも言える。
 ついに、Windows98 の個人向けサポートが終了してしまったからだ。
 言うまでもないが、個人的には、腹立たしい限りだ。問題なく稼動している個人用のLAN を強制的に捨て去ることを要求されているのと同じだからである。ユーザーの正直な気持ちからいえば、Windows98 対応の新製品が欲しいのだが、すでにパソコン自体が手に入らない。周辺製品も消えて行く。

 しかし、これも、流れから考えれば、自然なことではある。

 Windows95・98・Me は、互換性を維持した統一した発展系だが、2000とXP は全く別ものだ。OS の一大転換が図られたのである。Windows98 の系列は消える運命である。

 しかし、一般ユーザーにとってみれば、そのような印象は極めて薄い。

 このことは、良く考えれば、たいした技術力である。全く異なるOSにもかかわらず、バージョンアップ版に見えるようにしたのである。
 利用者からの反発がないように、違うOS でのアプリケーションも動くように工夫しただけ、ともいえる。おそらく、旧アプリケーションが稼動するように、同じインターフェースを保とうと、膨大な労力が注入されたと思う。

 その割には、XP は浸透していない印象が強い。XP の意義を感じない人が多いということではないだろうか。

 特に、XP 導入の意義はさほど理解されていない感じがする。IC の高速化と同様の、単純な機能向上と見られているのではなかろうか。

 それでは意義とは何か。

 最大の意義は、ファイルシステムである。これは技術の問題ではなく、パソコンのコンセプトの話しである。

 もともとは、パソコンは、アプリケーションを稼動することに主眼があった。データは、アプリケーションが生み出すものと見なされていた。
 これは、データ量が少なく、データのやり取りが限定的、という前提のもとでは心地良い仕組みだった。
 ところが、この前提がネットワーク化で根本から崩れたのである。

 データは作るより、読みとる方が多くなってきた。しかも、その量が余りに膨大なのだ。
 こうなると、パソコンの最重要課題は、アプリケーションではなく、データ管理になる。ファイルをどのように管理するかが、肝心なのである。その観点では、Windows98 やMe では、ほとんど対応できないといえよう。従って、早晩捨て去るべき仕組みである。

 この流れは、実は素人でも実感している筈だ。
 データファイルをクリックすれば、自動的にアプリケーションが稼動する。PDF ファイルに至っては、読み取りしかしない人が多い。アプリケーションは読み取りプレーヤー化し、ハードディスクは膨大なデータの蓄積場所と化した。
 つまり、どのようにデータを格納するかが、パソコンの命になったのである。

 しかし、XP SP1 では、セキュリティに関しては中途半端だった。これでは、せっかくのファイル管理能力が生きてこない。秘匿、共有、開放等が、自由で安全にできる仕組みになっていないからだ。
 これが、XP SP2 で初めてまともなものになる。

 ネットワーク時代のOS がようやく登場したと言えよう。

 といっても、パソコンは、まだビジネスの道具としてのコンセプトを引きずっている。これを突破する必要もあろう。
 そもそも、「デスクトップ」という表現が捨てきれていない。これは、書斎やオフィス用であるとこを示すようなものである。テレビが映るパソコンになったとはいえ、コンセプトはリビングルーム用ではない。これでは、伸びは限定的である。

 ・・・との論議は、実は無駄である。

 「コントロールパネル」を何時までも見えるところに残すつもりなのだから、パソコンを家電にする気など、はなから無いのである。


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