---今のままでは「産業革命」時代に取り残される

  ・技術マネジメントの危機的状況
  ・ドッグ齢で進歩する情報通信技術
  ・バイオ技術の遅れの教訓





 日本企業の技術マネジメントは、いま危機的状況にある。ほとんどの製造業で技術基盤が弱体化しつつある。日本企業の致命傷は、次世代産業の核となる情報通信分野での競争力欠如にある。欧米企業は、これからは知恵で勝負する時代と称し、挑戦的な経営方針を打ち出している。迫りくる「産業革命」の序盤戦からチャンスをものにしようとする考えだ。日本と欧米とのこのマインドの差こそ、次世代の覇者をめざすか否かの意識そのものといえる。どの業界も遅かれ早かれ、情報通信技術の革新によって根本的にシステムが変わる。日本企業がもつ技術体系が時代に合わなくなっている。過去の栄光「モノづくり」技術にあぐらをかかず、情報通信技術が切り開く産業革命に間に合うような技術整備が急務だ。---月刊誌注目論文要旨集[Views from Japan] 1999年10月より

 読者の方から、「鳥肌の立つほど驚きました」 「日本全土に警鐘を乱打していただければ」というお声を頂きました。---「Voice」1999年12月号「ボイス往来」より







 情報通信産業界やインターネット関連産業には、今迄の常識では信じがたいハイスピードで成長している企業がある。老齢化スピードが速い犬になぞらえ、ドッグ・イヤーの業界と呼ばれる。急激な変化が始まったのである。ところが、こうした新しい動きを、例外として傍観する研究者も多い。実に時代感覚の喪失である。なぜなら、ドッグ・イヤーは「産業革命」勃発の前兆現象であり、これから全産業で起きる革命的変化の前哨戦に他ならないからだ。
 このままいけば、21世紀の早いうちに、我々のライフスタイルから社会構造までの広い範囲で、情報通信技術によって革命的変化がおこりそうだ。ところが、今の日本企業の研究開発の有り方では、間違い無くこの動きに取り残されよう。
 ついに、アリスの不思議な世界への扉が開けられた。…周囲がハイスピードで動いていると、いくら前進しても、後退しているように見える。ベンチャーから短期間で超大型企業に成長することを「例外的」と見なしている人の方が、例外的に遅れているのである。

 まずは、情報通信技術が一挙に開花するインパクトの大きさを肌で感じてもらいたい。なにが変化の核なのか?---
 第1点目はコンピュータ演算能力の向上だ。ハンドル可能な情報量と処理速度は着実に伸び続けている。経験則を指摘するまでもなく、プロセッサのデータ処理能力、半導体メモリ(DRAM)の集積度、ハードディスクの容量は、驚く程のスピードで性能が向上している。技術の世代交代も次々と実現している。…これに加え、いよいよ普及部品を用いた並列処理への挑戦が本格化する。96年には、極く普通のCPU数千個による処理で毎秒1兆回演算実現が実証されており、1999年にはアーキテクチャーの提案が始まった。毎秒1兆回というとてつもない数字さえ「夢」ではなく、遠からず実現する標準仕様といえよう。「こんな怪物がすぐ手に入るとしたら、何に使う?」と問われていると見るべきだ。すでに、米国小売業ではテラバイトの情報から、チャンスを発見する方法を商用化している。
 第2点目は、高速ルーターの登場により、情報ネットワークの広大化が爆発的に進んでいる点だ。無数のコンピュータが次々とつながり、巨大な情報組織ができつつある。しかも、ネットワーク管理技術が急速に進歩したので、アフリカの奥地の見知らぬ人との通信でさえ、誰でも簡単にできるようになってしまった。こうなると、税金を始めとする、既存の国境や産業体系は根底から揺るぎ始めるだろう。逆に、この動きに合うようなルールやインフラを早くから整備した国や地域が今後急速な経済成長を実現できるだろう。更に、この恩恵を十二分に活かせる企業が飛躍的な発展を遂げることになる。
 第3点目は、今のところはボトルネックだが、通信線(無線も含まれる)で送れる情報量の増大である。これだけは先の2点に比べると歩みは鈍いが、それでも大きな進歩を遂げている。世界的に2003年前後に送信容量の桁が上がる。これが引き金となり、大容量送信が一挙に進むと予想される。CD1枚分の音楽情報が、あっという間に送れる時代がもうすぐ到来する。

 こうした技術進展についてはロード・マップが発表されているから、実現年度や能力に関する予測数字自体は誰でもその気になれば簡単に解る。しかし、個別の数字予測は専門家にまかせよう。肝心な点は、こうした技術全体が与えるインパクトの大きさだ。コンピュータ処理能力の2乗と情報ネットワークの面積(拠点数の2乗)に比例してアウトプットが増えると考え、ラフにインパクトを見積もるとどうなるか。---現在変化のスピードを、この式に当てはめると信じがたい数字が得られる。「百万倍のアウトプット実現は10年かからない」のである。これは、誰が考えても、とてつもない進歩である。この能力を活用する知恵さえあれば、今迄考えつかないような成果を狙える筈である。この成果を利用できる企業だけが伸びるのである。

 これが、今起きていることの本質だ。今迄の常識からいえば、いくら知恵を絞っても成果は数倍が限度だった。ところが、情報通信技術の発展を活用すれば、桁違いの大きな成果が得られる。情報通信企業でなくとも、情報通信技術を利用しさえすればハイスピード発展は可能なのだ。ということは、すべての産業が、遅かれ早かれドッグ・イヤー化せざるを得まい。現在の百万倍の成果を目指して様々な事業を推進できる時代が目前に迫って来たのだ。

 この現象を、21世紀初頭の「産業革命」と呼ぶのである。ライフスタイルから、社会構造まですべてが大きく変わる
 まさに、激動の時代が到来するのだ。今までの常識は通用しまい。「受身」の姿勢でいる企業は、時代の変化の波をまともに受け沈没するだろう。「能動的」に、新しい時代を切り開こうと、率先して苦闘を開始する企業だけが生き延び、ハイスピードで躍進していくのだ。  
---『競争力強化と研究・技術開発のあり方』BusinessResearch2000年1月号 




 バイオ技術分野では、産業界もアカデミズムも、日本は後進国と見られている。1980年代半ば、実用化に向けた開発が世界的に活発になり、日本も官民あげてバイオインダストリー発展に取り組んでいたのは記憶に新しい。この頃日本は、少なくとも欧州よりは先を走っていると見なされていたが、事業性に欠ける研究開発も多かったためその後撤退する企業も続き、今では力量不足と見なされ重要な国際プロジェクトへの参加要請さえ来ない。さすがにこうした状況に危機感をつのらせた人々も現れ、官庁の枠を超えた開発促進を図るべく1999年になって本格的に研究開発国家予算も組まれた。しかし、将来展望を切り開くためには、後進国になったという認識と反省がまず必要だろう。そうでないと一周遅れのトップランナーで終わる可能性もある。

 まずは、ヒト遺伝子解明プロジェクト経緯を見ておこう。1980年頃は、「理論的には可能だが、不可能な膨大な情報量だ。1000年かかっても解るまい。」とバイオの専門家が語っていた。しかし、その意見はすぐに変わる。驚くようなスピードで解明が進み、完了は「数百年先」、「数十年先」と次々と予想が早まった。1998年には、ついに公式に2003年完了予定という宣言が出た。ベンチャーに至っては「21世紀の幕開け」に終結させると発表した。
 こうした急激な進歩を可能にしたのは、いうまでもなく情報処理技術である。そして、この技術は今後も急速に発展していく。ということは、先行して情報処理技術を活用できるように、新しい技術や新しい利用方法を考案することが、この分野での成功の鍵なのだ。後追いで多額な資金投入という方策は、技術発展の波に乗れない可能性がある。追いつくより先に、相手はもっとハイスピードで先を走るからだ。

 マスコミは遺伝子解明だけに焦点を当てるが、ライフサイエンスでは他の技術も急速に進歩している。ここでも、日本は後進国である。
 コンビケム(何万種という化学品を自動合成できる技術)という画期的新技術が登場した。といっても、発展のスピードが速く、もう当たり前の技術になった。この技術が登場した時、欧米企業はすぐに何台もの機器を購入し、薬剤研究のスピードアップを狙い、挑戦を開始した。これが、研究開発の普通の態度ではないだろうか。研究者が苦労して1個の新物質を作る間に、機械なら1000個つくれるのだから、魅力的技術と考えない人はいまい。一方、ほとんどの日本企業は、機器購入さえ躊躇した。
 コンビケムとセットで開発が進んだもう一つの先端技術がある。HTS(ハイ・スループット・スクリーニング)と呼ばれる、多数の化学品の自動試験装置である。希望が持てそうな物質を絞り込むための機械である。こちらも、当たり前の技術になっている。
 実は、コンビケム、HTSとも、その本質は高度な自動機械でしかない。要は、情報処理技術を駆使して、研究者の何千倍の力を発揮できるようなロボットを創出したのだ。日本はロボット技術の先端を歩むと言われているが、この分野では日本企業の成果はほとんど聞かない。だいぶ遅れて、大手メーカーがようやく参入した程度だ。溶接・組み立てのロボットはヒト1名の代替だが、こちらのロボットはヒト1000人分の仕事をする。こういう類のことが次々とできるようになるから「産業革命」が起きるのだ。

 以上の例は、日本のバイオ技術分野での遅れの原因を示唆している。
 欧米企業はリスクもあるがブレークスルーが見込まれると分かった途端に、その実現に向けて最先端の情報処理技術を投入し、疾走を開始する。「夢」が実現しそうなら果敢に挑戦しようという姿勢である。一方、日本企業は当座、様子見に徹する。
 勿論、新しい技術はリスクが高い。コンビケムでラボの生産性は確かに高まったが、実際に新薬に進む確率が高くなったという証拠は、1999年現在、まだ示すことができない。出遅れた企業は、「騒ぐ程には役に立たない手法だ」と語り、ホッとするのであろう。一方欧米企業は、何故高まらないかを分析し、徹底的に科学する。ブレークスルーの根拠が否定された訳ではないから当然だ。
 といっても、欧米企業はなんでも目新しいものに飛びつく訳ではない。ヒト・ゲノム情報を利用し様々な病気治療を進めようという「ファーマコゲノミクス」は流行語になった。しかし、治療上の効果を明瞭に示すデータはほとんど無いに等しく、欧米の多くの大企業は様子見に徹している。ほんの一部のベンチャーが頑張っているだけだ。かたや日本では、ヒト遺伝子解明に遅れをとったため、この分野で先を走ろうという主張をよく耳にする。超ハイリスク研究に賭けるつもりなのだ。

 バイオの話をすると、例外的なものと考える人が多い。しかし、情報通信技術を活用した高度なロボットで欧米が先行しているとしたら、日本のモノつくりは安泰と思えるだろうか。こうした危惧が空論ならよいのだが、すでにその兆候がある。マイクロリアクターという新技術が本格的に動き始めた。
 この技術を簡単にいえば、「ICチップ上で化学反応させる装置」である。新しい材料創出に、情報処理技術を利用するのだ。極少量の材料で精度よい合成がいくらでもできる夢の技術である。今は、確かに「夢」だが、理論的には、情報通信技術を活用すれば大きな進歩が可能な筈だ。遺伝子解明進展と同じパターンになるかもしれない。小さなチップではモノつくりの実用性は薄いと見なすのは危ない。チップを数多く並べれば大量生産ができる。それどころか、今までと違いスケールアップは単純という大きなメリットがある。人でなく、機械が実験担当だから、危険物でも安全に作れる。試作も桁違いの数が可能だ。材料開発でイノベーションが起こりそうである。
 この技術が商用化されると、材料性能で機能が左右される電子部品は大きな影響を受ける。画期的な新機能材料が次々と登場し始めたら、今までの材料開発体制のままで、電子部品企業が安泰でいられる訳がなかろう。今のままなら、この技術分野も、バイオ分野と同様に後進国の状況に陥ることも考えられる。

 バイオ分野で日本が致命的な遅れをとった理由はいろいろあろうが、少なくとも1つの大きな理由は「情報通信技術の進歩によって、従来の発想からすれば驚くようなブレークスルーがいとも簡単に実現できる」認識が薄かった点にあるのではないだろうか。他の産業でも、こうしたセンスを欠けば大きく遅れをとる可能性がある

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