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2006.5.9 |
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ロボット開発の「思想」…「ロボットは芸術だ」(1)京都大学の立て看板である。 京都大学の研究開発がどのようなものかは全く知らないから、この言葉が何を意味しているのかはわからないが、気になる主張である。 と言うのは、最近のロボット開発関係のイベントニュースを見ていると、art(芸術)と言うより、craft(工芸品)の方向に流れているように映るからだ。 最近のロボットは本当によくできている。一体、一体、作りこんであって、面白いものばかりだ。どんな動きをしたのかというリポートを読んだり、写真を見るだけでも大いに楽しめる。 しかし、緻密な細工や、凝ったデザインが目立つから、“からくり人形”路線に入り込んでいる感じは否めない。教育玩具開発を目指すなら、それでも結構だが、そうでないなら、もっと荒削りなものでもよいと思うのだが。 “からくり人形”的な開発スタイルは、普通は「職人芸」と呼ばれる。これはこれで貴重だが、主に成熟した技術が対象である。 そのため、「職人芸」は新しい産業を作る原動力にはならないのが普通だ。 従って、こうした雰囲気を醸し出す研究開発は避けた方がよいのではなかろうか。 とはいえ、社会を支える大産業でも、細かな点での商品差別化は重要だから、「職人芸」的な緻密な技術開発に意味があると考える人も多い。しかし、特定顧客向けの商品を除けば、そんな技術が奏功するのは、大市場がすでに存在している分野である。訴求力向上の戦いをしているから、「職人芸」を武器にできるのだ。 まだ市場が黎明期で、産業基盤も微々たる状態で、緻密な細工に注力しても、たいした意味はない。 今、関心を集めているのは、多間接で、動きの自由度が高く、ティーチングできる2足歩行ロボットである。 この分野では、生産技術の特許化を図っている先進企業や、原子力産業に係わる企業を除けば、産業基盤らしきものはない。 このような状況で、細かな点での“詰め”を競い合っていたのでは、頭脳の無駄遣いになってしまう恐れが濃厚である。 まだまだ、新しい「思想」で挑戦すべき余地が残っているように思うのだが。 「思想」と言うと難しく聞こえが、別段難しいものではない。技術の考え方である。 例えば、ソニーのロボットには、上半身の動きで感情を表現させようとの「思想」を感じると思う。ここがポイントである。 従って、この「思想」を実現するためには、上半身の動きにより崩れてしまう、全体のバランス回復技術が重要になる。 表現のためには、どう制御すべきか考え抜いた、「知」主導のロボットといったところだろうか。 一方、本田技研工業のロボットは、これとは正反対の「思想」だ。反作用の力を受けても安定するよう、機械が素早く対応する仕組みを作ろうとしているように見える。 できる限り基本的な、機械的動作の連続により、安定した姿勢を実現すべく注力している訳だ。 製作者の細かな解説がなくとも、「思想」は、それとなくわかるものである。 大学には、是非、斬新な「思想」を提起してもらいたい。「思想」提起は企業で、大学は、それを真似て、細かな技術を追加するだけ、というのでは余りに寂しい。 --- 参照 --- (1) P1370198 http://www.flickr.com/photos/20905679@N00/show/ (参考) 特集「ロボットビジネスへの取り組み」 JRSJ (April 2006, Vol.24 No.03) 目次(論文閲覧は会員) http://www.sanbi.co.jp/rsj/Conts/Vol_24/Vol24_3j.html 新しいロボットの目次へ トップ頁へ>>> |
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