↑ トップ頁へ |
2002.5.7 |
|
|
尊大なロボット「専門家」…ロボットは以下の3種に分類され、ロボット技術で生き残るのは分類3だけと主張する専門家がいる。(http://journal.msn.co.jp/articles/nartist2.asp?w=150788)分類1 人間の生活空間から隔離されたロボット(産業用ロボット) 分類2 人間の生活空間に存在するロボット(アイボ、ASIMO) 分類3 人間に密着するロボット(ウェアラブル・ロボティクス) この分類は技術というより、応用の場所である。3以外でロボットが使われない筈がないから、自分の研究対象である、分類3の装着型補助器具分野が将来有望だ、と言いたいのだろう。分類1、2では技術開発余地が無いとの発言をすれば、自分の研究が素晴らしく見えると勘違いしているのかもしれない。 しかし、その発言内容には驚かされる。・・・「ロボットが案内してくれたからって、それが何だっていうね(笑い)。」とか、「エンターテインメント・ロボットはもう終わっています。」と尊大な態度を示す。 ジャーナリストにのせられた専門家の発言と思われる。面白おかしく、目立つ記事なら内容はお粗末でもよいのだ。ロボット技術論議をするなら、少なくともアイボとASIMOは別分類にすべきである。 アイボの革新性は機械制御に向いたOSを使った点だ。パソコンのウインドウズ同様、自社OSの標準化を狙った戦略展開と言えよう。(ちなみに、上記の分類1の世界標準はファナックが確立した。)アイボは成熟しているおもちゃ市場に参入した訳ではない。物理的動きの制御を伴うエンターテインメント機器分野に足を踏み入れたのである。 一方、ASIMOの革新性は自律性にある。といっても2足歩行そのものではない。結果をフィードバックして適宜対応という従来型制御をせず、ロボット自身が自律的に対応することで反作用力の影響を軽減することに成功した点が画期的なのだ。 明かに、どちらも、ロボット普及の鍵となる技術開発に注力している。ビジネスマンは、こうした技術こそが、社会に役立つと考える。 侏儒の言葉の目次へ>>> トップ頁へ>>> |
|
(C) 1999-2004 RandDManagement.com |