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2004.9.2 



長嶋ジャパンの教訓…

 「チョー盛り上がりのオリンピックに一言  銅すら取れないかもよ、長嶋ジャパン!?」を読んだ。(1)

 「クルマネタじゃないんだけど、見かねたんでつい……。」という文章で始まることからわかるように、野球に全く関係ない、車好き相手のWebに突然掲載された、本質をついた文章である。

 文末に、「俺は断言しよう。このままだと金はおろか、銅すら取れない可能性もあるよ。」とはっきり書かれている。

 その予想通り、金メダルはとれなかった。

 野球好きから話を聞くと、長嶋ジャパンのこうした姿に日本社会のマネジメントの仕組みの縮図を見せられた気分になった。・・・

 なんといっても、驚きは、監督不在でも、精神論で「勝てる」というチームができあがったことだ。突発的に発生したためではなく、数ヶ月に渡って周到に、この体制を構築したのだから凄い。
 トップの役割とは、精神的支柱になることらしい。

 一方、競争相手は、日本チームを徹底的に研究し、どう采配すべきか考えた。監督の役割を考え、適任者を登用したのである。
 豪チームの監督はスカウトとして活躍していた人で、日本選手の実情をよく知っている。対日本戦略を練り上げて臨んだに違いない。予選で対戦して日本チームの力を読み切り、本番で日本に当たるよう、わざとカナダとの試合に負けたと思われる。極めて戦略的である。
 キューバの監督も、スポーツ学のプロフェッショナルらしい。

 リーダー不在だけでも不思議だが、スタッフも十分サポートできていたか、はなはだ疑問である。相手を研究し、アドバイスができる体制を敷くのが、当たり前と思うが、負け方を見ると、おかしい。選手に実力が無いとは思えないのに、打てない。普通に考えれば、相手投手の研究不足が原因だろう。

 選手の問題もありそうだ。
 年間140試合を行うプロ主体のチームである。プロなら、強い投手に勝つ努力をするより、弱体な投手の時に活躍して、シーズントータルで好成績を出す筈だ。このため、プロの野手は、アマチュアのように、トーナメント試合での一発勝負で鍛えられていない。慣れない投手が登場すると力んでしまう可能性は高い。このカルチャーの問題を克服する努力が欠けていたと思われる。
 (逆に、投手はプロの本領を発揮したと言えそうだ。)

 さらに慢心があげられよう。

 明らかに、対キューバだけしか念頭になかった。キューバに勝てば優勝という発想で、豪など眼中になかったようだ。阪神のウイリアムズなら、問題なしとの読みは全く当てはまらなかった。

 ボールや野球場が違うという点も軽視していたきらいがある。ジャッジも違うだろうし、あっさりとした負け方を見ると、十分な練習を積んできたとは思えない。

 そもそも、当初の長嶋戦略が外れた点も大きい。

 投手を増やし、野手を減らしたので、攻撃のオプションが減ってしまい、得点獲得力が不足してしまったのは間違いない。
 しかも、バランスが取れた選手を選定したため、バントなど、幅広い戦術を展開するのには不向きなチームになってしまった。技巧が優れた特徴ある選手が少ないから、日本シフトには弱かったといえる。

 もっとも、よく考えれば、これはいたしかたがない事情がある。プロ野球界は、オリンピックで勝とう、と腹をくくらなかったのである。これはと思う選手を指名できないように、登用を制限した。
 行きたい選手や、行かせたい選手を自由に登用できなかった。

 ここで勝負は決まったともいえる。

 ・・・長嶋ジャパンは様々な教訓を与えてくれた。

 --- 参照 ---
(1) http://www.webcg.net/WEBCG/essays/000015628.html

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