■■■ 多摩動物公園の見所 2013.5.28 ■■■

   ボルネオオランウータン

多摩動物公園で余りお勧めできない見学対象がオランウータン舎。
間違ってもらってはこまるが、問題がある訳ではなく、その逆。オランウータン達の生活状況をほんの一寸見ているだけで、彼等は人間とほぼ同じと実感させられる位で、素晴らしい展示なのは間違いない。見世物としてなら、ピカイチの折り紙をつけてよいだろう。施設もよくできているし。
だが、檻のなかでの禁固刑状態であるのは間違いない。そんな風情を感じさせられることもあるので、そうなると、見ている方にとってはつらい。それだけのこと。
もっとも、それでも見学させてもらいに行くのであるから、人間以上に魅力的な動物と言えるのかも。

冬季や気象が悪い時を除いて、11:30からスカイウォークがあるのも特筆モノ。もともと樹上生活者ではあるとはいえ、高所の綱渡りで150m余り離れた飛び地にやってくる姿が見れるだけでも、この動物公園に来た甲斐があるといってもよい位。しかし、よくよく観察していると、観客が多すぎで騒がしすぎと言わんばかりに、高所で体が見えないようにしていたりすることもある。まあ、長年同じ所を往復するだけだから、飽きてきてもおかしくなかろう。
なにせ、飛び地といってもたいした樹木がある訳でもないからだ。観客目線では、何もない運動場よりは格段にましに見えるだけ。なにせ、すぐ上空に送電線。このため樹木の高さは抑えられるし、地形上、隣の木に飛び移れるような密度植生にもできない。木の実や果物が沢山実るようにするのも難しかろうし、毎日稼動するのだから、好まれそうな草を植えても維持は無理だと思われる。
小生がオランウータンの立場だったら、この程度の広場では、すぐに飽きてしまう。ゴロゴロして人間観察でもしていた方がよいかという気分に陥るかも。

どうしても、人間として見てしまうので、こういう見方になる訳である。
なにせ、午後のオヤツで、教えなくても順番待ちができるのであり、ヒトの大人でも順番遵守など全くできない人だらけだから、モラル的には人間をはるかに越える。
明らかに人間性を持つ動物ということ。従って、動物園の展示という点からすれば、間違いなく最優秀の部類だろう。なんといっても圧巻は、ジプシー(母)、チャッピー(子)、ミンピー(孫)という同時3世代飼育を実現した点。そのうち、孫はシンガポールにでも移住するのだろうから、一時的なものではあるのだろうが。
2013年に限っては、それよりは1歳の赤ん坊を育てる様子に人気が集中するとは思うが。母親が、子供を早くから人目に晒していたから、そのうち腕白小僧として運動場を探検して回り観客を冷や冷やさせることになろう。
  --- 多摩動物公園のオランウータン ---
 ♂キュー 1969
 ♂ボルネオ 1985@シンガポール
 ♀キキ 2000@インドネシア
  -♂リキ 2012 父ボルネオ
 ♀ジプシー 1956
  -♀ジュリー 1965 父ドン・ホセ
  -♀チャッピー 1973 父ドン・ホセ
 ♀チャッピー ↑
  -♂ポピー 2000 父ボルネオ
  -♀ミンピー 2006 父ボルネオ
これだけ大集団だと、屋外運動場2箇所、室内運動場1箇所、離れ島1箇所、では無理がでてくる。♂の場合は一人のみ使用になるからだ。誰かが、狭くて閉塞感漂う室内に一日中いる状態になる筈で、温調完備でもさぞかし辛かろう。その割に、皆、精神的に落ち着いた感じがするのは、転々とした生活を余儀なくされたジプシーを核にした飼育方針が貫かれてきたからかも。

折角、オランウータン舎に来たなら、こういう状況を踏まえ、誰が誰だか、しっかり確認してから眺めるとよいだろう。資料はオランウータン舎に完備している。説明は詳しいし、わかり易いから、波長が合いそうな方と面会を申し込むのが礼儀というもの。オランウータンにも群れはあるのだろうが、チンパンジーのような「群れ動物」とは違い、個人の自由意志を重視していそうな社会だからでもある。
当たり前だが、面会謝絶の気分の時は相手にされない。四六時中観客の目に晒されているのだから、ソリャそういうこともあろう。
しかし、そうでもなければ、先ずはこちらを評価。面会OKなら必ず目を合わせてくる。目は口ほどに物を言いの世界である。もちろん、好みがあるから、チラと見て知らん顔も。ともかく、観客側をよく観察していることは間違いない。可愛い幼稚園児達が行儀よく揃って声をかけたりすると、向き合ってご対面ということもしばしば。外部の知り合いもいるようで、声もかけないのに、ウキウキとしてやってきたりする。
ガラス張りの運動場だと、面会者を気に入ると、指や唇でも交流しようとする。そうそう、乳児から一寸成長した程度の赤ちゃんとは心が通じ合うものがありそうなのも面白い。傍らにいる親を無視して、赤ん坊が関心を示すと、オランウータン君もそれに応えるのである。言葉による交流ができない同士の会話が成立しているのかも知れない。もっとも、そんな交流どころではなく、親はただただ一緒の写真を撮りたがり、子供はオランウータンを嫌がってむずかるといったシーンに遭遇することも少なくない。どのような精神生活を送っている家族か考えさせられる。

こんなことがえらく気になるのは、どうしてもチンパンジーと比較してしまうから。
ご存知のように、チンパンジーはヒトに一番近縁であるというか、ほとんど同じというのが、分子生物学の実験結果。ゴリラより近く、なんと99%同じだという。一方、オランウータンは相当に離れているとされた。
一般人としては、信じがたい結論である。どう見ても、チンパンジーはヒトとは相当違う。感覚的には、両者の溝は極めて深いとしか思えない。雰囲気的には、上野動物園にいるゴリラの方が、巨大とはいえ、ヒトに似ている感じがする。とは言え、ゴリラとチンパンジーの差は体躯の大きさの違い程度で、両者はあくまでもサルではなかろうか。知能が高いことが判明したとはいえ、ヒトと同類というのはどうも納得しかねる。
しかし、逆に、オランウータンをサルとされると、これにもかなりの抵抗感を覚える。毛があることを除けば、明らかに「森のヒト」以外のなにものでもないとの印象を受けるから。
・・・こんなところが実感である。

従って、小生は現行の分子生物学によるこの辺り分類は問題があると見る。単なる実験結果から、機械的に作成しただけでは、価値は無いと言わざるを得ない。というか、分類になっていない。ヒトがチンパンジーに近いという実験結果で分類するのが正当というなら、具体的にはとういう形で現れているのか、早急に示すべきだろう。他の分野では、たいていは見事なストーリーが描けているが、この領域ではゼロ。
なにせ、オランウータンはヒトには全く似ていないが、チンパンジーはヒトにそっくりという指摘を耳にしたことがないのだ。ところが、逆の指摘は多い。もちろん、オラウータンとヒトの類似は表面的という可能性もあろう。もしそうなら、ヒトとオランウータンの違いを示す、まだ見つかっていないピースをはっきり示して頂きたいものである。それは一体なんなのだろう。
いかにも人間の母親のような育児姿をみると、疑問は高まる一方である。しかも、雄には妊娠可能サインがわからないというのも、ヒトそっくりとくる。

(東京ズ^ネット ニュース)  順番待ちができるオランウータン 2008/12/12
(ウエブリソーシス) ジプシーを通して考える、オランウータンとそのふるさと〜多摩動物公園・飼育展示課の黒鳥英俊さんを迎えて 2009年1月11日 The Flintstone UNITED PROJECTS LTD


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