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丙申元日

元旦詩歌

お正月なので、とりあえずお馴染みの萬葉集大伴家持の吉兆歌を。
言うまでもないが、掉尾を飾る作品。

 新しき 年の初めの 初春の
 今日降る雪の いやしけ吉事  
[#4516]

但し、実際に雪が降っていない元旦だと、どうも気分でない。そうなると、雑歌の、新しきをお迎えする感覚で代えようとなる。でも、新年の象徴的言葉が入っていないし、新しきを寿ぐ感を欠くので今イチ。

  歎舊
 物皆は 新しきよし ただしくも
 人は古りにし よろしかるべし  
[#1885]

そうなると、古今集の歌を新年ご挨拶に使うことになろう。いかにもお正月らしいし。ただ、浮き浮き感というより、祝詞を聴かされる感があるので、現代にはそぐわないかも。

 新しき 年のはじめに かくしこそ
 千歳をかねて 楽しきをつめ  
[大直日歌 #1069]

浅薄な見方ではあるが、古今集の場合は冒頭歌が一番面白い。立春と正月一日は別で、暦でどうなるかわからないからこその歌。古い年から、今年に入ったとの実感はどの辺りかということだから、いかにも「古今集」の精神を象徴したような歌だ。知的センス抜群。

   ふるとしに春たちける日よめる
 年[とし]のうちに 春は来にけり ひととせを
 去年
[こぞ]とや言はむ 今年とや言はむ  [在原元方 #0001]

もちろん、立春=正月一日になることも。それが西行法師の歌。(初夢は立春の日。)ただ、賀春の歌とは思えない。どのような夢を想い描いていたのか気になるところ。政治か、はたまた恋か。そうなると暦上の立春にかけた、出立の春かも知れぬし、辰年で世も良くなるとの気分を示したかった可能性も。こればかりは、当人に尋ねるしかあるまい。

   [たつ]春の朝[あした]よみける
 年くれぬ 春来[く]べしとは 思ひ寝に
 まさしく見えて かなふ初夢  
[西行法師 山家集]

こんな暦上の事情もあるのか、意外と元旦そのものの歌は少ないようだ。百人一首にしても、恋路に関係するものだらけだから、歳玉が入ってくるとバランスが悪くなるのかも知れん。歌会始にしても、もともと月次の歌会。明治維新で平民参加になったため正月行事の核になった訳で正月に意味がある訳ではなさそう。
正月行事の核はあくまでも、歳明け早々の四方拝。伝統行事ではあるが、中華天子の星崇拝的な雰囲気が濃厚である。庶民の初日の出参りとは、その和風版と思われる。
その辺りの感覚がよく出ているのが禅僧の歌。

 今日立と 聞心より 出る日の
 光りも匂ふ 四方の春かな  
[沢庵宗彭]

幕末の絵師冷泉為恭筆「年中行事図」には公事十二ヶ月節として正月図絵として四方拝が掲載されているそうで、そこでの歌は以下の通り。

 掃守[かにもり]の けさしくみつの みましこそ
 四方の春めく はしめなりけり  
[谷森種松]
  宇野千代子:"冷泉為恭筆 「年中行事図」 について" 待兼山論叢 美学篇 36
(正月書付には元旦の他に、腹赤之奏、国栖哥笛等が記載されている。五節句の人日より元旦ということなのだろうか。尚、絵師は公家の冷泉家とは無関係.)

ついでながら、「年中行事歌合」ではこのように。・・・
  [→(C)NDL]
 一番
 左 四方拝 女房
 すべらぎの星をとなふる雲のうへに光のどけき春は来にけり
 右 供屠蘇白散 新中納言
 春毎にけふなめそむる薬子はわかえつゝみん君がためとか

これに対して、いかにも元旦との、漢詩はあるのだろうか。その場合、どういう手になるのか、知識を欠くのでさっぱりわからぬ。

日本的感覚で寿ぐということなら、燕舞鶯啼となろうか。・・・

 「和文與可洋川園池三十首 其二十 披錦亭」 [蘇軾]
 煙紅露狛風香,燕舞鶯啼春日長。
 誰道使君貧且老,繍屏錦帳咽笙簧。


これだと新年の詩と言うよりは、単なる季節感を表現しただけとの感じがしないでもない。そうなると、萬象更新か。これならいかにもだが、余りに直截過ぎるのが欠点。と言ってもそんな歌が沢山ある訳ではなさそう。
2016年は丙申なのに、己亥の詩だから不具合がすぎるが例として引いておこう。・・・

  「卜算子 其一 己亥元日」  [C・高佩華]
 萬象盡更新,消息東風裏。
 吹出梅花幾陣香,春至人間矣。

 郎譜合歡詞,儂翦宜春紙。
 依舊今年似去年,七事從頭起。


もちろん、元日そのものの詩は沢山ある。小生の好みは白楽天だが、どうせ飲酒詩だろうから避けよう。
唐詩の一例をあげておこう。・・・

  「元朝」  [唐・張説]
 今元日樂,不謝往年春。
 知向來心道,誰爲昨夜人。


それよりは、爆竹や桃符といった風習が描かれている方が中国の正月らしかろう。

  「元日」  [宋・王安石]
 爆竹聲中一除,東風送暖入屠蘇。
 千門萬戸日,爭插新桃換舊符。


元旦はやはり静粛な雰囲気が嬉しい。そう感じるのは日本人位のものかも知れぬ。お祝いは大騒ぎというのが古今東西の常識のようだから。

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