■■■ 北斎と広重からの学び 2013.1.9 ■■■

   作り出された名所

「名所」とはなにかを考えさせられる絵を眺めてみよう。

○葛飾北斎 富嶽三十六景 「青山圓座枩」
北斎が対象としたのは、竜巌寺のお庭の「笠松」。「枝のわたり三間あまりあり」として名所図会に紹介されるほど注目を浴びる存在だったらしい。低木を円状に沢山植栽し、上手に剪定することでこんもりとした柔らかな松の姿を実現したものではないかと思われる。手入れが行き届いている庭だったようで、植木職人がお隣の松平家と競っていたのかも。
北斎は、これをどう取り上げるか、かなり悩んだのではなかろうか。富士山の眺めが特段に素晴らしい場所とは言い難いからだ。
結局選んだのは、イメージを膨らませる手法。
  ・実際の眺望図ではなく、拡大した富士山の絵
  ・丘のような形を強調した円座の松の姿
相似形であることを納得させるために、草履取り的な部分をしっかりと描きこんだ訳である。
  ・富士の裾野の愛鷹連峰
  ・笠松に連なる植え込み
両者を自然と対比して眺めてしまうから、そうなれば笠松の素晴らしさが印象付けられる筈との魂胆。
ただ、これはあくまでも人工的な名所でしかない。それを認識してもらうため、目立たぬよう、人を配置してある訳だ。
  ・松林内で箒を使って落ち葉掃除をしている人(足のみ)
  ・松を剪定する人
まあ、全体から見れば、冗談半分の付けたしでしかないのだが。
そして、この名所としての本質をズバリ提起するために、どこが嬉しいのかの実例を示しているのである。
  ・町家の男衆が毛氈を敷いて酒盛り
   (富士山の代わりに笠松の精気で遊興三昧)
  ・手拭いで子供を引っ張って見物にくる親子
   (人気なんだから、笠松を見なきゃ駄目。)

○広重 東海道五十三次 「丸子(名物茶屋)」
広重にも円座松の作品があるが、東海道五十三次から、自然が織り成す風光明媚がウリとは言い難い超有名な名所を拾ってみよう。安倍川餅と風景といったところかなと思ったが、「府中 安倍川」は渡河シーン。名物には知らん顔。そうなると、丸子はどうか。
そう聞けば、すぐに「名物とろろ汁」のイメージが湧く筈。
こちらの場合は、なんといっても、芭蕉の貢献が効いていそう。・・・
   梅若菜 まりこの宿の とろゝ汁 [猿蓑 元禄4年(1691年)]
東海道の旅で愉しむべきはこんなところと、出立する門人によせた句である。これを踏まえて、名物茶屋をどう描くかである。
広重は、田畑の後ろの平凡な丸い丘が連なる風景から、軽く一部分を切り取って腰掛茶屋の背景とした。当然ながら、小道具としてはほころび始めそうな梅の木。さらに、老鶯でもとまっていれば言うことなしだが、そこまではしなかったと見える。しかし、当然のことながら赤ん坊を負ぶった老婢が「とろろ汁が出来ました」と運んで来るシーンを設定している訳である。
要するに、「旅というもので甞める寂しみや幾らかの気散じや、そういったものが街道の土にも松並木にも宿々の家にも浸み込んで」おり、その味が「情味に脆い性質の人間を痺らせる」ということを知り抜いているからこその設定なのである。

(引用) 岡本かの子:「東海道五十三次」

(ご注意)
本稿の意図は、マインドセットからの解放につながるような、鑑賞手引きの提供です。こんな話に興味を覚える方のためのもので、浮世絵の素人芸術論を展開している訳ではありません。尚、現段階では、ウエブ上の閲覧対象としては、アダチ版画拡大版をお勧めします。


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