■■■ 北斎と広重からの学び 2013.2.15 ■■■

   仲間意識

景色は添え物で、集団としての「人」をテーマにしているのではないかと思われる絵がある。ざっと眺めてみたい。

○葛飾北斎 富嶽三十六景 「常州牛堀」
巨大な船が突然右下から突き出てきた感じの絵なので、見る方は驚く。よく見れば、霞ヶ浦辺りの荷船が停留しているにすぎない。大きく見えるがどうということもない。積荷を増やすために底を広くとり、船頭達が船で生活するスペースをとるから、どうしてもこんな大きさになるだけで、巨大な訳ではないのである。
まあ、利根川から、霞ヶ浦に入り、江戸へというルートは基幹流通路だったから、大繁盛の商売だったから大きく見えるということかも。
それにしても、これは水郷の美しさとは縁遠いシーン。こんなところからさえも富士山が望めるという主張をしているかのよう。36景だから、全方位感を醸成するには入れたかったといえばそうかも知れぬが。
そんなことが気になるのは、船頭が朝ご飯用の米のとぎ汁を捨てたために水鳥が驚いて飛び立つ情景を描いているともいえるから。そんなことに感動するとはとうてい思えないが。この船頭を描きたかった訳もないだろうし。
船にしても、上斜めから見た前部だけしか描かれておらず、船自体あるいは、船の荷に特段の関心があったということもなかろう。
と言って、北斎命の愛好家でもなければ、これらすべてを総合した構成の妙と見るのも難しかろう。洗練された美の世界とは対極的なモチーフであるのは間違いないのである。どうしてそこまでして、描きたかったのか、見ている方にはえらくわかりにくい。
ただ、眺めていると、運送船で働く人々の心根が伝わってくる気がする。同じ釜の飯を食べる人達が船を操っている訳である。

○広重 東海道五十三次 「袋井(出茶屋ノ図)」
これぞ田舎の風景。一面の田畑で、人影無しに近いが、唯一、遠くに駄馬を引いた農夫だけが見える。農道を集落に向かって歩を進めているようだ。ここは、宿場外れ。高札には鳥が留まっている。
そんな場所に、一人で営業する簡素そのものの露天の出茶屋。古くから営業しているとみえ、木の枝からぶら下げた大きなヤカンの底は真っ黒。しかし、仕事休みの駕篭かきにとっては、一服する火種をもらえるいつもの場所であり、心地よき場所でもある。飛脚もここが落ち着くのである。言葉少なでも、ここにくると気分が変わり息が抜ける訳だ。ここだけの仲間なのである。そんな情緒感を伝えるべく設計された絵のようだ。

○広重 東海道五十三次 「小田原(酒匂川)」
ここは箱根の山を控える小田原。川からかなりはなれたところにある石垣の上にそびえるようにして建つ天守閣と城下町がいかにも感を盛り上げる。ただ、絵は町からは遠く離れた酒匂川の渡河場面。川岸には目印の一本松の下の小屋以外なにもない。道を除けば一面の葦原。大きな川の河口だから砂地は結構広いが渡河の人と人足しかいない世界。
絵のなかの人は小さく表情など全くわからない。しかし、渡河は川人足だけで粛々と進んでいる。差配している人がいなくても、人足仲間の紐帯があり、旅人の要求に合わせて、淡々と仕事が進んでいく訳である。

○広重 東海道五十三次 「岡崎(矢矧之橋)」
大名行列が粛々と橋を渡っていくところが描かれている。
軍隊行進ほどではないが、繰り返しの整った形式美を感じさせるものに仕上がっている。こまるで、行進を見せるのが仕事であるかのように映る。そう感じさせる原因は、行列そのものにあるのではなく、橋が単調な構造だから。それに行列がシンクロしているのだと思われる。
全員が形に嵌ることで、一体感が生み出される組織ということを暗示しているかのような絵だ。

○広重 東海道五十三次 「白須賀(汐見阪図)」
この絵は本来は遠州灘の絶景を描く筈だったのではなかろうか。
という言い方はよくないか。白須賀宿近辺の高台から、海を描いていると見ることもできるから。
確かに、見た瞬間はそう見える。視界が突然開ける場所から、広い海を眺めている感じがするからだ。しかし、すぐに絵が4層構成になっていることに気付く。見ている場所、街道、海辺の漁村、遠州灘であり、海の色が引き立つような彩色になっていることもわかる。
だが、この街道というのが曲者。見えるのは道ではなく、整列した大名行列の真上。目立つのは、赤い挟箱と、列をなす笠。描こうとしている対象は、岡崎宿と同じで、行列そのものかも知れぬという気になってくる。
絶景にさしかかっているのだが、脇目も振らず列を少しも乱さずに決まった歩調でしっかり歩いていく。誰も見ていなくとも、見られて恥ずかしくない行列でなければ許せないのだろう。これが彼らの美学であり、生活信条でもある訳だ。

(ご注意)
本稿の意図は、マインドセットからの解放につながるような、鑑賞手引きの提供です。こんな話に興味を覚える方のためのもので、浮世絵の素人芸術論を展開している訳ではありません。尚、現段階では、ウエブ上の閲覧対象としては、アダチ版画拡大版をお勧めします。


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