■■■ 北斎と広重からの学び 2013.2.18 ■■■

   宗教性を感じる絵

浮世絵は、浮き出すような立体感を出す技巧を取り入れたことと、為政者をパトロンとせず、大衆を顧客としたことで新境地を切り拓いたことは間違いない。エンタテインメントの一角を担っていたから、信仰の世界とは一線を隔すように思われがち。
しかし、北斎と広重の絵を眺めているとそうも言えない気になってくる。それは、富士講をはじめとして、諸国巡礼が大流行で、それに対応した作品を出したというだけでなく、宗教観を感じさせる絵もあるからだ。表だった宗教画のモチーフとは大違いだが、それがかえって深いものを感じさせたりするもの。

○葛飾北斎 富嶽三十六景 「相州梅澤左」
うーむ、と唸らされる図。・・・均整がとれた富士山の手前に丘陵地。どころどころに松。明け行く色に染められつつある雲が流れており、澤地には遊ぶ丹頂鶴5羽。さらに頂上をめざすかのように飛ぶ番。
どこにでもある吉祥の絵柄に従って描きましたというだけのもの。お正月はこの絵で迎えて欲しいといわんばかりの北斎興業お勧めの作品とはいえまいか。
縁起がいい場所ということで梅澤を選んだのだと思うが、それなら梅の木でいきそうなものだが、そうはしなかったのも面白い。そんなこともあって、梅澤「庄」を「左」に替えたのかも。
そう考えると、なんとなくだが、絵師の気持ちが伝わってくる。シンボルが描かれているだけの陳腐な吉祥画などよして、本物の「明ける喜び」を味わえる絵にしたらどうなのということでは。本気の歳神信仰とは、この改まり感なくしては成り立たないのだと主張している訳である。

○葛飾北斎 富嶽三十六景 「信州諏訪湖」
一寸見には静かな湖。岸から突き出た所からの眺めということだが、左右の水面は河のようで、なんとなくだが、ゆっくりと流れている感じを受ける。諏訪湖の流出口かも。遠くの岸辺を見回すと海岸のような感じを受けるが、鏡のような水面に船が1艘しか浮かんでいないため、湖ということがわかってくる。遠望の富士がメインテーマな筈だが、恣意的に目立たたないようにしているため、湖の広大さが実感できる仕掛けのようだ。
そこに、中景の城と、手前に小さな神社。両者ともに湖に突き出ているので、物語性を感じてしまう。険しい山岳地帯に建物が存在するといった墨色一色の漢画調画面構成とは違うが、藍色一色のこの画面には、日本調景色観がありそう。その根底には日本的宗教観があるのでは。

○広重 東海道五十三次 「神奈川(台之景)」
品川宿は街道沿いに左手に茶屋が並び、店内から繁栄する湊の情景と江戸湾が一望見渡せることで人気があった。神奈川宿も同じようなもの。ただ、大きく違うのは、品川は街道が海沿いと言ってもよいほど低地で、山側は崖に近く、その上が眺望で有名な御殿山。神奈川は街道そのものが高台。もちろん、海岸に下りれば船着き場があり小船で廻船に乗船することができる仕組み。従って、ここには大きな料亭もあったり、品川に負けず劣らず大繁盛。
ただ、それだけに競争も激しい。客引き合戦も日常化している訳である。面倒なことこの上ないが、旅人もそれはそれ、やりとりを面白がっている状況。
そんな状況で、そのような世界から離れ、六根清浄的感覚で淡々と旅を続けている人々も少なくないのである。・・・客引き騒ぎの後ろを巡礼が歩いていく。一組は親子連れ。海面の漣の美しさが、これで映える訳である。
と言うか、おそらく逆であり、描きたいのは巡礼の精神性で、その心根が漣の海。巡礼達は、世間のゴタゴタを突破して歩んで行く決意なのである。それに共感するか否かは人による。絵師はそこまでお見通し。

○広重 東海道五十三次 「沼津(黄昏図)」
これほど奇妙な絵は滅多になかろう。日が暮れて、大きな月がでている黄昏の川沿いの道を、母子二人連れと、それに続く大きな天狗面看板を背負った人が宿を目指して歩いているからだ。それだけで寂しさが出てくるが、この辺りの情景がその雰囲気をさらにつのらせる。
これ、猿田彦面を金毘羅様に奉納する白装束の巡礼で、親子は比丘尼だそうである。確かに、母親は手に柄杓のようなものを持っており通常の旅人ではない。ともあれ、世のはかなさを認識し、信仰の世界に入ろうとの決意を現しているのだろう。それなら、目立つ天狗面など不要というのが現代的な発想だが、おそらく、このお面を拝んでくれる人々の気をも運んでいくとの気概を示しているのだろう。信仰者とそうでない人々の間に一線を引くような考え方はしないのである。

(ご注意)
本稿の意図は、マインドセットからの解放につながるような、鑑賞手引きの提供です。こんな話に興味を覚える方のためのもので、浮世絵の素人芸術論を展開している訳ではありません。尚、現段階では、ウエブ上の閲覧対象としては、アダチ版画拡大版をお勧めします。


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