■■■ 北斎と広重からの学び 2013.2.19 ■■■ シリーズの本質が滲み出た絵 色々と作品を眺めてきたが、北斎改為一筆「富嶽三十六景」と廣重画「東海道五拾三次」のシリーズの代表作を見てみよう。 前者の36という数字は様々な方向から眺めるという意味だから、枚数などどうでもよい訳で、本質的に種々雑多な作品にならざるを得ない。しかし、衆目一致するのは、「神奈川沖浪裏」の切れ味では。 後者は基本的に各宿場紹介だから、景色の特徴や名物を取り入れねばならず自ずと制約がある。そのなかでこれ一枚というのはなかなか難しいから意見も分かれるだろう。北斎と広重という視点で眺めたいなら、余り注目されていない絵を選ぶという手もありそう。 ということで、以下のようになった。 ○葛飾北斎 富嶽三十六景 「神奈川沖浪裏」 これは文句なし。 波のモチーフは、長年に渡り練りに寝られたものに違いない。これだけでも素晴らしいものだが、さらに人が小さく見え、波に翻弄されながら進んでいく船と組み合わせ、富士山を入れた構成は見る者に感動を与える。時代を画する作品であるのは間違いなかろう。 木更津辺りから神奈川方向を眺めた風景画であり、東海道五十三次のような旅行シリーズに入れてもおかしくはないが、そうはいかないのが北斎画に貫かれている思想。 絵の題材はあくまでも、日常的なもの。重要なのは、そこで生まれるインスピレーション。感興を非日常的なものに昇華できると、インパクトが強い絵が生まれる訳である。 ○広重 東海道五十三次 「御油(旅人留女)」 広重の代表作を選ぶとなると、たいていは雪、雨、霧といった題材の作品になってしまう。季節、気象、時間によって異なる微妙な光と影が織り成す風景を描いた絵こそが真髄とされているからだ。 従って、旅人留女といった手の作品を北斎に対抗する代表作品として選ぶ人はほとんどいまい。多分、凡作と見なされている作品だろうし。埋め草的なものと考える人がいてもおかしくない。 しかし、北斎の絵と包括的に比較すると、その見方が一変する。北斎は、日常から非日常性を切り取る絵師なら、広重はその真逆を追求していそうだから。・・・旅という非日常的な行為のなかに、日常性を見出し、人間の性がどういうものか明らかにしようと試みている感じがするからである。風景は人の添え物でしかなかろう。 そういう観点では、風俗業態的なシーンこそ、広重らしき作品とは言えまいか。 暮れかかる御油宿の様子は実に面白い。 路上では、・・・ ・男の旅人と、それを捕まえて放そうとしない客引き女。 -荷物を引っ張られ、首が絞まり苦しそう。 -片手をしっかり握られ、逃げるに逃げれない。 ・それを面白がって眺めながら、通り過ぎる若い女。 その横の旅籠では、・・・ ・窓枠に肘をついて、ぼんやりと路上を眺めている女。 -路上でのやりとりには全く関心が無い。 ・到着して腰をかけ草履を脱いだばかりの旅人。 -ヤレヤレといったところで、外の音など耳に入らない。 ・足洗い用の湯桶を差し出す宿の老婆。 -旅人を思いやる姿勢がありあり。 旅籠の前での出来事で、旅に出ない限り体験できないとはいえ、どれをとっても日常的にどこにでもありそうなシーンでしかない。しかし、それこそが見る人の琴線に触れる仕掛け。社会とはこんなもんだと感じ入る訳だ。 大和絵的なストーリー性があるかの如き絵だが、おそらくそんなものはなかろう。どちらかといえば、北斎の絵の方が大和絵的な精神を受け継いでいそう。 ○広重 東海道五十三次 「赤坂(旅舎招婦ノ図)」 さらに露骨な風俗業態の絵の方を選びたいならこちら。タイトルもそのものズバリ「旅舎招婦ノ図」である。赤坂宿がこれで有名だったのかは定かではないが、この絵は旅籠の室内を描いており、風景など皆無。ただ、庭に植わっている蘇鉄がど真ん中にあるから、それが情景と言えば言えないこともないが。 部屋は2つあり、両者は全く異なる業態の商売用に使われている。 旅人の宿泊用として、・・・ ・旅人は寝転んで一服中。 ・次々と来る人々。 -お膳を運ぶ女 -按摩とおぼしき男 -ご用改め 一方、遊興用の準備中で、・・・ ・山と積まれた布団。 ・折りたたまれた屏風。 ・化粧中の娼婦とおぼしき女性。 両者は建前としては、全く別なものだが、実態としては混交状態にあったのは間違いなかろう。それが現実社会なのである。 広重はどうしても、この「日常性」を描きたかったに違いない。 (ご注意) 本稿の意図は、マインドセットからの解放につながるような、鑑賞手引きの提供です。こんな話に興味を覚える方のためのもので、浮世絵の素人芸術論を展開している訳ではありません。尚、現段階では、ウエブ上の閲覧対象としては、アダチ版画拡大版をお勧めします。 北斎と広重からの学び−INDEX >>> HOME>>> (C) 2013 RandDManagement.com |