■■■ 北斎と広重からの学び 2013.3.8 ■■■

   不二絵の「新展開」拝見

北斎が「富嶽三六景」を発刊したのが天保2年で70歳を超えたところ。大ヒットということで、広重が「東海道五三次」で追う。天保4年から5年にかけて発刊され人気爆発。北斎は、天保5年に、「富嶽百景」[3巻](刊行:初編1834年 二編1835年 三編不明)でさらに畳み掛ける。これで風景画ブーム化。・・・というのが世情。
広重が亡くなる直前の数年で描いた、「名所江戸百景」(1856年から)は北斎没後だいぶたってから。見方によっては、様々なアングルで描かれている「富嶽百景」を図画百科事典的に活用してみた作品といえなくもない。
ということで、「富嶽百景」を眺めてみたい。コレ、「三六景」の続きという訳ではない。類似モチーフはあるものの、作品集としてのコンセプトが違うのだ。気付いた点をざっとあげてみよう。

  -----「富嶽百景」-----
(1) 一枚モノ版画シリーズではなく、一括された絵本である。
(2) 広い横長用紙でなく、狭い縦頁一枚か見開き二分割用紙になる。
(3) 二色もあるが、強調している訳ではなく、ほとんどモノクロ状態。
(4) 格調高い、2ページに渡る寄稿序文がつく。
(5) 統一画題が明確にされた。「霊峰不二」である。
(6) 霊性を絵で示した。
    ・「木花開耶姫命」[初02左]
    ・「孝霊五年不二峯出現」[初03両]
    ・「役ノ優婆塞富嶽草創」[初04両]
(7) 名品「凱風快晴」に相当する代表絵を最初に持ってきた。
    ・「快晴の不二」[初05両]
(8) 富嶽三六景の人気モチーフも勿論取り入れた。
    同一といえないまでも、似た印象を与えるもの多し。
        (文末の「富嶽百景」リストに記載。多少無理はあるが。)
        凱風快晴,甲州犬目峠,東海道程ヶ谷,相州梅沢庄,駿州江尻,穏田の水車,
        東海道江尻,田子の浦略図,甲州石班沢,相州仲原,神奈川沖浪裏,
        東海道吉田,諸人登山,深川万年橋下,山下白雨
    と見るより、バリエーションを見せつけたかったのだろう。
    職人仕事の登場という点でも基本姿勢は同じと言えそう。
    ただ、一芸に秀でるほどの凄み表現はは消えた。
    普通に働く姿。そんな仕事の見事さに見入っている訳。
    ・「裏不二」[初22両]農家の葉干作業
    ・「井戸浚の不二」[二02左]井戸浚渫作業
    ・「遠江山中乃不二」[二20両]樹木枝打ち作業
    ・「水道橋の不二」[三09右]荷運び船棹差し
    ・「足代の不二」[三18右]左官の作業
    ・「見切の不二」[三21右]看板書き
    ・(「跨キ不二」[三08左]樽作り、半分冗談。)
(9) 風景画の「粋」とはコレなりとの気概で描いていそう。
    初編で目立つのは、こんなところ。
    ・「霧中の不二」[初09両]モノクロのよさ
    ・「柳塘の不二」[初11両]柳並木の枝垂れ枝と旅人のリズム
    ・「蘆中筏の不二」[初18両]葦茂る川の筏流しと釣り人がシンクロ
    ・「木枯の不二」[初19両]風の音を感じさせる情景
(10) 「山下白雨」で捨象した現場姿に。
    ・「夕立の不二」[二19両]
(11) 西洋絵画的な画家の主張を表に出した作品が含まれている。
    構図の面白さという評価になるのかも知れぬが。
    各編では、こんなところ。
    ・「田面の不二」[初17両]逆さ富士に鳥
    ・「登龍の不二」[二06両]龍と雲
    ・「網裏の不二」[三17右]網の透かし富士
    構図というより、空中楼閣的なものも。
    ・「男體山行者越の松+野州遠景の不二」[三03両]

さらに、個別に見ると色々。
(12) 西洋科学への興味を示す画題がある。
    ・「サイケツ/節穴の不二」[三25右]ピンホールカメラ原理    ・「鳥越の不二」[三15右]天体観測装置
(13) 地域伝承の富士山風景の眺め方も紹介。
    ・「甲斐の不二 濃男」[三13左]
(14) イマジネーションそのものをシンボル化して強調。
    ・「夢の不二」[二11両]お得意の鳳凰画
(15) 1707年の噴火の衝撃。
    ・「宝永山出現」[初07両]大惨事だったが、
    ・「其二」[初08両]結局、小山ができただけ。
(16) 絵の意味。早く言えば、絵師とは。
    ・「掛物の發端」[二12左]額縁窓
    ・「寫眞の不二」[二14両]写生活動の実像
    ・「窓中乃不二」[二26左]面倒だが絵師には書も不可欠
(17) 遊女的シーンは欠片も感じられない。歌舞の類もご遠慮。
    ・「花間の不二」[初25両]花見の宴会で三味線登場
    ・「松山の不二」[初15両]催しかな
(18) 相撲手「河津掛け」が風俗的おまけ。
    ・赤澤の不二[三02左]河津三郎祐安v.s.俣野五郎国(景)久
(19) 定番話のおまけ。
    ・「文邉の不二」[二24両]歌詠みとくれば
    ・「武邉の不二」[二25両]猪成敗とくれば
(20) 霊験あらたかな動物だろうか。
    ・「福禄壽」[三20右]多分、鹿と蝙蝠
    ・「羅に隔る乃不二」[三09左]蜘蛛とその糸
    ・「月下乃不二」[二22両]駱駝顔だが月に吠える犬か
(21) 信仰対象はこんなところか。
    ・「袖ヶ浦」[初12左]岩窟修行
    ・「大石寺乃山中の不二」[二16両]妙法
    ・「貴家別荘砂村の不二」[三05両]水中出現不動明王
    ・「茅の輪乃不二」[三22右]大祓い
       名所扱いもあるが。
    ・「羅漢寺の不二」[三24右]観音
       道標的なものも。
    ・「烟中乃不二」[初16両]青面金剛
    ・「曇天の不二」[三06左]道祖神
       もちろん、本命は富士講である。
    ・「不二の室」[二13左]定番
    ・「阿須見村」[三10左]富士山道垢離場の村風景
(22) 雪表現は好みではなかったかも。
    ・「三白乃不二」[二12右]縁起もの
    ・「雪乃旦の不二」[二23両]雪掻きの見たて山
    ・「深雪の不二」[三04両]降る雪の美しさ
(23) 雨は一応は凝ってみた。
    ・「村雨の不二」[三18左]雨中に煙る山
(24) 行列の本質を考えさせられる絵。大名行列は無い。
    ・「不二の山明キ」[初06右]富士講登山者御一行
    ・「不二の麓」[二18両]自律的運搬作業 男は倍量運搬
    ・「八堺廻の不二」[三12両]苦行行進
    ・「来朝の不二」[三07両]渡来外交団
(25) うき我を さびしがらせよ かんこ鳥 芭蕉 秋の寺らしいが。
    ・「郭公の不二」[三23左]
(26) 嬉しき哉。気晴らし。
    ・「風情面白キ不二」[三13右]たまには笑いころげなきゃ
    ・「跨キ不二」[三08左]この絵を見て笑って息抜きを
    ・「山気ふかく形を崩の不二」[三23右]まずは一服いきますか
    ・「盃中の不二」[二08左]お酒で一休みもあり
    ・「烟中乃不二」[初16両]一段落したら焚き火を囲んで(馬も)
    ・「洞中の不二」[初14左]山なら二人で世間話でも
    ・「青山の不二」[三16左]仕事の最中ふと手を止めて
(27) 国際感覚豊か。
    ・「兀良哈の不二」[三10右]モンゴル高原北部
(28) 侘び寂び感も捨てられぬ。
    ・「不斗見不二」[三22左]破れ土塀に秋の草
    ・「武蔵野の不二」[三21左]満月照らす草原
(29) 縁起ものの出来は確か。梅は無いようだが。
    ・「竹林の不二」[二04両]筍の勢い
    ・「松越の不二」[二13右]これぞ常盤木
(30) 子供絵かと思ったら、知る人そ知るダイヤモンドフジである。
    山好きだと山々と対で楽しめる。
    ・「鏡薹不二」[初21両]他にも光るものありで大笑い
    ・「山亦山」[初13左]これぞ日本の山の姿
(31) 傑作はなんといってもおとぼけ画。楽しき哉富士山信仰である。
    ・「江戸の不二」[初20左]お城の鯱
    ・「千金富士」[初27右]積上げ米俵に雀
   ・「容裔[ウネリ]不二」[二07両]無理に読む波模様

ちなみに、序文での評価のほどを見ておこう。時代感覚がよくわかる。
    ・1799年、国学の祖、契沖法師(1640-1701年)の「富士百首」が刊行されている。
     「富嶽百景は阿闍梨の百首にも劣らめやと」。[柳亭種彦 初編序]
    ・「其精工真遍百変之妙観此画可見矣」[廬山孝 二編序]
    ・1776年発刊「百富士」(河村岷雪)
     岷雪は「画乃正なるもの」で、北斎は「画乃奇なる者」。[七宝山下老人小笠 三編序]
そう、「富嶽百景」は絵への情緒的耽溺を許さないのである。歌のほんの僅かの語句から自分で情景を想像するのと同様、絵師が打ち出したモチーフを感じながら、その底にある情念を読み取る努力をしないとさっぱり面白くないのである。構図の良さなどになんの意味もない。
それこそが「奇」の本質である。流石、北斎。非凡。

  -----「富嶽百景[3巻もの]」-----
[初01左]初編序 前
[初02右]初編序 後
[初02左]木花開耶姫命
[初03両]孝霊五年不二峯出現
[初04両]役ノ優婆塞富嶽草創
[初05両]快晴の不二(←凱風快晴)
[初06右]不二の山明キ
[初06左]辷り
[初07両]宝永山出現
[初08両]其二
[初09両]霧中の不二(←甲州犬目峠)
[初10両]山中の不二
[初11両]柳塘の不二(←東海道程ヶ谷)
[初12右]七夕の不二
[初12左]袖ヶ浦
[初13右]尾州不二見原(←相州梅沢庄)
[初13左]山亦山
[初14右]大森
[初14左]洞中の不二
[初15両]松山の不二
[初16両]烟中乃不二
[初17両]田面の不二
[初18両]蘆中筏の不二
[初19両]木枯の不二(←駿州江尻)
[初20右]元旦の不二
[初20左]江戸の不二
[初21両]鏡薹不二
[初22両]裏不二
[初23両]笠不二
[初24両]雲帯乃不二(←穏田の水車)
[初25両]花間の不二
[初26両]豊作の不二
[初27右]千金富士
[二01左]二編序 前
[二02右]二編序 後
[二02左]井戸浚の不二
[二03両]信州八ヶ嶽乃不二(←東海道江尻田子の浦略図+甲州石班沢)
[二04両]竹林の不二
[二05両]堤越の不二(←相州仲原)
[二06両]登龍の不二
[二07両]容裔[ウネリ]不二
[二08右]絣屋町の不二
[二08左]盃中の不二
[二09両]海上の不二(←神奈川沖浪裏)
[二10両]洲崎の不二
[二11両]夢の不二
[二12右]三白乃不二
[二12左]掛物の發端(←東海道吉田)
[二13右]松越の不二
[二13左]不二の室(←諸人登山)
[二14両]寫眞の不二
[二15両]七橋一覧の不二(←深川万年橋下)
[二16両]大石寺乃山中の不二
[二17両]嶋田ヶ鼻夕陽不二
[二18両]不二の麓
[二19両]夕立の不二(←山下白雨)
[二20両]遠江山中乃不二
[二21両]筧の不二
[二22両]月下乃不二
[二23両]雪乃旦の不二
[二24両]文邉の不二
[二25両]武邉の不二
[二26右]刻不二
[二26左]窓中乃不二
[二27右]谷間の不二
[三01左]三編序 前
[三02右]三編序 後
[三02左]赤澤の不二
[三03両]男體山行者越の松+野州遠景の不二
[三04両]深雪の不二
[三05両]貴家別荘砂村の不二
[三06右]市中の不二
[三06左]曇天の不二
[三07両]来朝の不二
[三08右]暁の不二
[三08左]跨キ不二
[三09右]水道橋の不二
[三09左]羅に隔る乃不二
[三10右]兀良哈の不二[ウリャンカイ]
[三10左]阿須見村
[三11両]隅田の不二
[三12両]八堺廻の不二
[三13右]風情面白キ不二
[三13左]甲斐の不二 濃男
[三14両]稲毛領夏の不二
[三15右]鳥越の不二
[三15左]瀧越の不二
[三16右]村堺の不二
[三16左]青山の不二
[三17右]網裏の不二
[三17左]橋下の不二
[三18右]足代の不二
[三18左]村雨の不二
[三19両]狼煙の不二
[三20右]福禄壽
[三20左]大井川桶越の不二
[三21右]見切の不二
[三21左]武蔵野の不二
[三22右]茅の輪乃不二
[三22左]不斗見不二
[三23右]山気ふかく形を崩の不二
[三23左]郭公の不二
[三24右]羅漢寺の不二
[三24左]千束の不二
[三25右]("山冠+梭"穴[サイケツ]/節穴)の不二
[三25左]海濱の不二
[三26両]蛇追沼の不二
[三27右]大尾一筆乃不二
(閲覧)
山口県立萩美術館・浦上記念館所蔵絵本画像
http://www.hum2.pref.yamaguchi.lg.jp/sk2/book/hugaku1.htm
http://www.hum2.pref.yamaguchi.lg.jp/sk2/book/hugaku2.htm
http://www.hum2.pref.yamaguchi.lg.jp/sk2/book/hugaku3.htm
桑門契沖 詠/平春海 編「詠富士山百首和歌」早稲田大学図書館
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he04/he04_04719/he04_04719.html


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