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2008.10.16
 
 


胡政権は毛沢東礼賛に戻るのか…

 たまには中国共産党批判をしなければと考えたのではないが、気になることがあったので、書きとめておくことにした。

 昔のことで、記憶が定かではないから間違っているかも知れぬが、毛沢東はEdgar Snowに対して、台湾は勝手にすればよいと語ったのではなかったか。人民解放軍の弱みがわかっているから、米国と戦乱を始めたくないとのシグナルを発しただけと解釈したので、特に気にはとめなかったが。
 その一方で、チベットは中国が治めるべきとの姿勢を示した印象が残っている。特権階級たる宗教勢力から農奴を解放する必要ありとの主張だったと思う。土着貧農を基盤とする漢民族の独裁政権にとって、中国農業地帯の水源を手放す訳がないということ。
 この辺りの思想宣伝の上手さが毛沢東政治の真骨頂である。
 ともあれ、毛沢東独裁政権が倒れなかったのは、農業地帯の治水が上手くいったように見えたことが大きい。それは、熟達した政治能力のお陰ではなく、たまたま気候的変動が少なかったということだと思う。そして、災害情報の徹底した隠蔽。

 さて、時間軸を現在にもどしてみよう。
 現在の共産党中央軍事委員会主席といえば胡錦濤国家主席。その学歴は清華大学水利工程卒業。その後、エンジニアとして現場の建設委員会等を経て、政治活動に入り、ケ小平に見出されたエリートとされる。確かにエリートだが、担当してきた地域は、貧農だらけの内陸部だけ。毛沢東の政治基盤と全く同じである。

 誰でもわかる両者の違いは、革命世代か否か。しかし、もう一つある。
 それは「反科学」v.s.「科学」。

 言うまでもないが、毛沢東は「反科学」。「愚公、山を移す」と称し、知識分子排除に励んだことはよく知られている。もちろん「鉄砲から政権がうまれる」思想だから、人民が飢餓に襲われようと、核兵器開発だけは最優先事項で、例外扱いだったが。
 有能な層が消えたから、無学な農民を責任者へ登用するしかない。「愚公」を人為的に大量に創出し、人民が「愚公」に盲従することを強要した訳である。当然ながら、これらの「愚公」は、膨大な単純労働で「山を移す」事業を進めることになる。人民総出で、土木事業への注力が図られたのだ。
 要するに、人民の頭脳から科学精神を消し去り、人民の頭数を増やすことで、独裁体制を強化したいうこと。

 この程度の説明ではよくわからないだろうから、具体例を補足しておこう。
 わかり易いのは、各地に、趣味のためとしか思えないような製鉄所を沢山つくらせた政策。屑鉄を大量生産させたのだが、これを人民の大勝利として喧伝したのだからたいしたものだ。毛沢東思想おそるべし。
 それでも、この程度で留まればたいした問題ではなかった。同じ調子で農業政策を進めたのだからたまったものではない。なにせ、獲得形質は遺伝するという「トンデモ科学」の信仰を強要したのだ。その結果はご存知の通り。もっとも、現在の中国国民や、毛沢東思想運動家はそんなことは無かったと言いはるのかも。

 だが、圧巻は、黄河の三門峡ダム建設。世界に冠たる超大規模治水事業を敢行したのである。日本との戦いの最中、国民党軍が人為的に大洪水を発生させたこともあり、悲願のプロジェクトだったのである。(中国の皇帝となるためには、黄河を収める土木工事が不可欠という伝統という意味での悲願である。)
 流石に、こればかりは「愚公」に任せる訳にはいかないから、ソ連の専門家の力を借りた。その結果、ダムは見事に完成。
 しかし、知識分子を排除したから、その結果は惨憺たるもの。数年で見事に泥で埋まったのである。そして、ダムに流れ込む黄河支流(渭河)も泥の山と化し、天井川化。こうなれば、いつ洪水がおきても不思議ではない。
 今でも、このダムは、発電のため、放水→放泥→貯水というサイクル運用しているに違いない。
 だが、これを大成功と呼ばないと政権は持たないから、貯水し災害を防ぐ大治水事業とされた。その結果、全土の「愚公」がリーダーシップを発揮しさらにダムを作り続けた。これを知識分子抜きで進めたのだから、恐ろしい話である。その結果、数では、中国は世界一のダム大国になった。当然ながら、水系での放流管理などできる状態にないから、治水どころの話ではない。しかも、人民の単純労働で作りあげたダムが多いから、設計も施工も、信頼性のほどはさっぱりわからない。こんなダムが、ろくにメインテナンスもされずに50年もたてばどうなるかは自明。(1)
 これが毛沢東の「反科学」路線の実態である。

 この状況を変えたのは、周恩来とケ小平。この二人は、毛沢東独裁政権強化路線を絶対視した上で、人民の被害を最小限に食い止める方策を案出した。
 周恩来は、突如として「美国帝国主義は張子の虎」路線を180度転換させた立役者。米国の大統領が拝謁しに来ることで、政権基盤を強化し、その一方で、米国の科学技術取り入れを図ったのである。なんと言っても一番の功績は、米国からの脅威を取り除くことで、人口を武器としなくてすむようにしたこと。“産めよ増やせよ”路線をようやく止めることができたのである。
 一方、ケ小平は、科学思考とは無縁な、「安価」な労賃で働く膨大な数の単純労働者を活用することで経済力向上を図った。毛沢東独裁政の根拠である「反科学」路線を貫いている体裁がとれるから、内部摩擦は発生しにくいのである。貧農中心の内陸部と、切り離してこの施策を推進すれば、権力強化に繋がるとの理屈になるということ。ここがポイント。どう見ても、この政策の狙いは、競争政策による、合理的な工場管理の仕組みの導入だったが。米国流の科学思想を流入させようと考えていたに違いない。
 おそらく、その胸の内には、毛沢東の「反科学」主義からの訣別シーンがあった筈。そのためには、科学的思考ができ、治水の知識があり、内陸を治めることができる為政者にバトンタッチしたかったのだと思われる。そのお眼鏡にかなったのが、現主席ということ。

 問題は、その選ばれた現主席に、見込まれただけの力があるかだ。
 確かに、その期待に応えるかのように、第一次の陣容を見ると、「反科学」とは正反対の人選。なんと、全員が技術系の大学卒なのだ。
  → 「胡政権の健全な危機感 」 (2003年5月20日)

 だが、本気で「反科学」を決別したといえるかは、黄河の治水で戦略的動きを見せることができるかである。
 どうしてそんなことが言えるのか、簡単に説明しておこう。

 黄河流域一帯が抱える人口はおそらく全体の3〜4割。しかも、ここは国を支える穀倉地帯。治水に失敗すれば致命傷を負う。
 もともと、古代から厄介な川だったが、それは、「泥」川だから。すぐに流出してしまう黄土地帯を流れているから、どうにもならないのである。観光地でもある、宋の首府“開封”が黄河に飲み込まれたこともあるし、流路変更もただならぬ規模で発生してきたのである。
 胡錦濤政権が、このような大被害を防ぐつもりで「科学的」に黄河の治水を行っているならよいが、そうでなければ、遠からず大災害に見舞われかねないのではないか。
 問題は、現代の黄河大洪水が杞憂か、という点。

 一番気がかりなのは、“成功裏に”黄河断流を阻止したこと。
 この理由はわかりにくいかもしれないので、解説しておこう。

 1990年代、黄河「断流」が頻発した。治水失敗と見なされると、政権が揺らぎかねないから、中国共産党指導部は青くなったろう。全力で対処した筈だ。
 おそらく、水利部黄河水利委員会が、上流から下流までのすべての流量をモニターし、水門をコントロールする統合管理システムを稼動したに違いない。日本の河川における、ダム管理システムの大規模版と考えればよかろう。ここだけ見れば実に「科学的」な施策だ。しかし、日本の河川なら、こうした運用に意味があるが、黄河では逆効果かも知れない。
 総流量はほとんど増えていないのに、最下流で水が流れるようにコントロールしたにすぎないからだ。これは、川底の泥堆積がより進むことを意味する。この調子で10年以上泥が川底に堆積し続ければどうなるかはわかりきったこと。この手の流量制御は、災害リスクを高めることになりかねないのである。

 黄河の問題は上流にある。乾燥地帯で遊牧が向いている地域に灌漑農業を持ち込めばどうなるか位素人でもわかる。この辺りで旱魃が頻発したのだから、総流量は減って当然。しかし、流量が多い時に黄土が大量に流れ出すから、泥が出なくなる訳にはいかない。しかも、流量を減らして流す仕組みを作ったのだから、泥の堆積は加速していると見た方がよかろう。上流での水源地涵養林面積拡大策で流量増を狙ったり、黄土地帯の植林で泥の流出を止める施策も行われているようだが、そんなものは焼け石に水だと思う。今、行っていることは、堤防を高くする対処療法でしかない。これをいつまでも続ける訳にはいかないのは自明だ。
 豪雨はいつか必ず襲う。その時どうなるか。
 数千万人の規模で被災が発生し、飢餓や疾病が億人規模で襲うことになりはしまいか。世界最大の惨禍になるのは間違いないと思う。
 さあ、これを防ぐにはどうしたらよいか。・・・科学的な思考で黄河の治水の解決策を提起できるかが問われているということ。

 ところが、ここのところの政府発表は、大規模土木工事の成果の喧伝が目立つ。
 黄河の下にトンネルまで作って、北京に揚子江の水を引いてくれば、首府の水不足は緩和できるが、それだけのこと。黄河の災害リスクを減らす効果など微々たるものでしかない。そんなものを、毛沢東思想を持ち出して褒め称えてどうするつもりなのか。・・・1952年,毛澤東主席在視察黄河時提出“南方水多,北方水少,如有可能,借點水來也是可以的”宏偉設想。(2)
 大災害のリスクが高まりつつあることを隠す施策でなければよいが。

 --- 参照 ---
(1) “Thousands of China's dams are 'time bombs' waiting to burst” AFP [2007年4月20日]
  [BNet findarticle] http://findarticles.com/p/articles/mi_kmafp/is_200704/ai_n19023284
  AFPによる新華社報道の引用:Jiao Yong副水利相の発言
   全土の8万5,000以上のダムのうち3万(大規模200、中規模1600基)に深刻な構造欠陥
(2) 「黄河水文勘察測繪局完成南水北調京石段高程引測」 中國政府網 [2008年09月22日]
   http://big5.gov.cn/gate/big5/www.gov.cn/gzdt/2008-09/22/content_1102075.htm
(中国共産党党旗) [Wikipedia] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Flag_of_the_Chinese_Communist_Party.svg
(中国の白地図) (C) Abysse 世界の白地図 http://www.abysse.co.jp/world/index.html


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