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2008.2.13
 
 


第2のフォード現る…

 2008年1月のモーターショウで、インドのTata Motorsが、2008年内に、624cc2気筒エンジン搭載の国民車を発売すると発表した。欧州の排出ガス規制をクリアしており、見栄えもよく、立派な商品に仕上がっている。リアエンジンなので、素人からみれば、かつてのドイツの大衆車“Beetle”を思いおこさせる製品だ。そういえば、Volkswagenも2007年9月にそんなシティカーのコンセプトを発表した。(1)
 自動車好きなら、大昔のFIATを想起する人もいよう。機能を落とさない超小型車を5,000リラで発売すると称したのである。結局、その価格は実現しなかったが、廉価だから大成功。その後、1957年に上市したリアエンジンのシティーカーもヒットした。
 ちなみに、この“Cinquencento(500)”、愛好者は日本にも存在する位で、人気車なのである。(2)おそらく、その理由は、小さな車に無理矢理大勢乗り込んだりして、町や田舎を駆け回る愉しさを彷彿させるからだろう。この手のコンセプトは確実に人の心を捉える。車所有のワクワク感が湧くからだ。ドライブに飽きたが、市街地のコミューターカーは必要という話とは違うのである。
 それこそ、ミラーが片側しかないインド仕様こそ、まさに琴線に触れるアイデアなのかも知れない。そんな商品である。

 国民車投入は、財閥トップの悲願だというし、すでに工場も建設中のようだから、計画通り進みそうだ。(3)
 日本のメディアの反応は鈍かったが、2月に入って、一般報道で時々取りあげられているそうだ。インド仕様なので興味が湧かなかったが、ジャーナリストの直観で、これはひょっとすると、と感じたのだろうか。

 まあ、この車のコンセプトそのものは、業界では前々から噂になっていた、1 Lakh(10万) Rupee(邦貨27〜28万円)カーでしかない。突然湧いた話ではない。
 ただ、高級バイク並の破格の値段だから、本当に実現できるか疑問をいだく人は多かった。
 だが、エンジン(アルミ2気筒)のコストパフォーマンスさえよければ、中国には超安値の部品供給者がひしめいている状態だから、理屈からすれば、この程度の価格の実現は難しい訳ではないのだ。しかし、トラックとは違うから、そこまで安価にすれば質が伴わないと見られていた。しかし、現物の完成度は思った以上に高い。
 これで高収益化を目指すなら、オプション販売に力を入れるか、100万台マス生産に向けひた走る道しか思いつかない。

 大変な賭けであるが、インドの市場は巨大だし、耐久消費財の市場は急成長しているから、成功の可能性は高いのではないか。
 実際、ルノー・日産連合のゴーンCEOは、2007年10月、株主総会後記者会見と東京モーターショーで、2010年に対抗車を発売すると語っている。(4)この程度の価格でも算盤は十分あうと見たに違いあるまい。

 日本から見れば、こうしたTata Motorsの動きは、価格破壊的なイノベーター・イメージより、インド市場の過半を占めているMaruti Suzuki India(5)の対抗商品を早目に出し、キャッチアップを図ろうとの構図に映るが、デトロイトから見れば衝撃的だ。
 なにせ、米国市場は飽和しており、海外メーカーの侵食で利益もでなくなりつつある。伸びる余地は発展途上国しか無いというのに、こんな低価格車が投入されたのではたまったものではなかろう。

 それに、先進国での競争力がそのまま通用するとも思えまい。
 シティーコミューターカーと言えば、右の写真のようにお洒落で高品質な、二人乗りの“Smart”が典型だが、$11,500もするという。これでは、はなから勝負になるまい。
 だが、ことはそれで留まらない。
 この超低価格Tata車、クラッシュ時の安全性を相当考えたデザインに見えるからだ。マイナーモデルチェンジで、欧州でも通用するなら、怒涛のようにEU内で経済好調な新興国になだれ込むということ。
 そうなれば、先進国市場が席巻されるのは時間の問題となる。

 “There is an analogy with Henry Ford making his car for the masses 100 years ago.”(6)との指摘はごもっとも。
 これが一番本質をついた見方だと思う。

 だが、このことは、数年後には、家電製品並の、とんでもない数の車を生産するということでもある。
 インドと中国の人口は膨大であり、早晩、そんな生産体制が現実化するのは間違いなさそうだ。
 そうなると、世界中が車で溢れかえる。とんでもない時代に入る訳だ。(7)スモッグは北京だけではなくなる。環境云々の話はどこかに飛んでいってしまうということ。

 つまり、この発表で一番衝撃的なのは、欧州の環境規制をクリアしたという点なのである。この流れは止めようがないということ。
 さあ、どうするか。まさに知恵の絞り時である。すでに様々なガソリン車代替技術は揃っているからだ。
 その大量生産の仕掛けを考案する人こそが、本当の現代版Henry Fordではないか。

 --- 参照 ---
(1) Volkswagen UP! Concept [2007.9.10] http://www.vwvortex.com/artman/publish/vortex_news/article_2052.shtml
(2) チンクエチェント博物館 http://www.museo500.com/
(3) “Tata Motors unveils the People’s Car Pictures of the Tata Motors' People's Car ” [2008.1.16]
   http://www.tatamotors.com/our_world/press_releases.php?ID=340&action=Pull
(4) “UPDATE1: 日産<7201.T>、インド向け3000ドル台自動車開発で調査中=ゴーン社長” ロイター [2007年6月20日]
  http://jp.reuters.com/article/domesticEquities2/idJPnTK319358720070620
  “日産ルノー、「2500ドルカー」開発へ 2010年” asahi.com [2007年10月25日]
   http://www.asahi.com/car/news/TKY200710240695.html
(5) http://www.suzuki.co.jp/release/d/2007/0726b/index.html
(6) John Gapper: “Detroit looks uneasily to the east” Financial Times [2008.1.16]
  http://www.ft.com/cms/s/0/f2364d8a-c461-11dc-a474-0000779fd2ac.html
(7) Anne Applebaum : “Tiny Car, Tough Questions” Washington Post [2008.1.15]
  http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/01/14/AR2008011402080.html
(“Smart”の写真) [Wikimedia Commons] Photo by Elijah van der Giessen http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Smart_car.jpg


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