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■■■ 本を読んで [2014.9.12] ■■■

鮫の写真集は思想本でもある

鮫の話を書いたので、最近出版された書籍を眺めてみることにした。
   「鮫族の魚名は殊の外難しい」

手に取ったのは「サメ」の写真本。
ソフトカバーの本とはいえ、えらく廉価である。沢山売れるとふんでのことか。あるいは、アルモノを集めただけの二番煎じ的な低コスト製作本かも知れぬ。この分野の本にどんなものがあるのかさっぱりわからぬので、なんとも評価しがたし。
一応、出版社のサイトだけ確認してみたが、なんでも屋さんのようだ。
おそらく、1年前に出版した「深海生物―奇妙で楽しいいきもの」の続編なのだろう。と言えばおわかりだと思うが、著者は今夏絶好調だったと言われる沼津港深海水族館の館長 兼 水族館御用達の活水産物卸業者の方である。

この本、実に割り切った編集である。
索引というか、分類表が無いからだ。この手の本だと、分類、和名、学名を簡単に整理した一覧表をつけるものだが、そんな体裁にこだわらない訳である。
当然ながら、よくある、種の見分け方の解説もない。まあ、鮫を釣りに行く人もいないだろうから、不要ではあるが。ともあれ、そこいらの魚類図鑑とは全く違うゾということ。

並べ方も、名称のアイウエオ順とか、分類を意識させるようなところは全くない。
独自の大分類だけ。浅海棲と深海棲。後者が流行りだから、それがわかるような企画で行こうということかナ。

早く言えば、短い文章の紹介だけで、50種程度のサメの写真をじっくり眺めることで、堪能させようとの仕掛け。
(一応、それぞれ、学名と分類は記載されはいるが。残念なことに、英名は無い。)

そういうことで、小生は、この本、気に入った。
知識を押し付けようとしない姿勢が嬉しいからである。
特に、鮫の場合はここがえらく気になる。たいていは出だしからして、サメは古代の姿をそのまま残しているといった口調になる。

古代性ありというのは、現生種が化石の姿そのままということだと思うが、信じがたしと言うのが、小生の見方。進化を遂げた様々なタイプが"ゴチャゴチャ"存在していそうに見えるからだ。そのような素晴らしい進化形を見ずして、化石に近いところを探そうという発想にはついていけない。ジュラ期に化石ありということで、シーラカンスには負けるが、一般魚類より古いというだけでは。

世界最大の魚は甚平鮫。哺乳類最大の鯨は巨大だが、それと結構いい勝負では。後者は4足陸棲動物が海に入った訳でいかにも進化の例として面白い訳だが、それに対して前者は化石の巨大鮫メガドロンの生き残りどころか、親戚でもなかろう。歯が似ているというなら頬白鮫あたりか。それで?

神経系や頭脳の発達も相当なものである。化石時代からそうだったと考えよというのは無理があり過ぎるのでは。
凶暴な頬白鮫など、遥かかなたでの血の一滴を感じ取るセンサーがある訳だし、集団で狩りをする種まで揃っているのだ。
そもそも、繁殖形態にしても、卵生から胎生まである。カモノハシ、カンガルー、ネズミ、ウシ位の幅広い進化形を抱えていることになる。それに、立派な生殖器があり、交尾をするというではないか。なかには、本格的な子育てを行う種類もあるというし。こうなると、哺乳類の世界とたいして変わらない。そのような動物を、古代性という発想で眺めようとの感覚には、小生はとてもついていけない。
そうそう、この本を見て驚いたのだが、マモンテンジクザメは胸鰭で歩くというではないか。底魚、肺魚、肉鰭系はそんな生態のことが多い訳だが、鮫も同様に鰭が進化していると見てよいのでは。
それに、オオセの写真を見れば、これがはたして鮫なのかという気にもなろう。

但し、小生は深海鮫探索に声援を送る側にはいない。深海魚に興味が無いのではなく、桜蝦不漁のような事態を引き起こす可能性を強く感じているから。ウバザメ/Basking sharkなど、下手すると絶滅の恐れさえあるかもと見ている訳。特に、大きな口で海水から餌を濾しとる手の鮫は、そのリスクが高いと思うからだ。漁業のターゲットは今や深海に迫ってきており、危うさを感じざるを得ないのである。
それはともかくとして、進化的には、大口とは、なかなか面白い設計ではなかろうか。魚類は有顎化がメルクマールだが、それは一般には餌に咬みつく力を強化した所以とされる。それに対して、いわば顎を意図的に一時外すか如きの所作で大量に餌を集めるのだから、顎が全く異なる機能を発揮していることになる。しかし、大顎類を規定していないから、そんな進化の道筋はたいした意味はないとされていることになる。それは正しいのだろうか。

ざっと、写真を眺めているだけなのに、こんなことを考えさせられるのだから、よくできた書なのは間違いあるまい。このような頭の使い方が、概念思考能力を鍛えることになるのではなかろうか。
問題は、写真に堪能した次のステップとして、「水族館にいらっしゃい」しか提案されていない点か。まあ、それは読者が自分で考えるべき問題で、本に書くべきことではないのだが。

(本) 中野秀樹,石垣幸二:「サメ―巨大ザメから深海ザメまで」笠倉出版社 2014年7月

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