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2008.11.17 |
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宗教建築の見方…Bruno Tautは、思想性豊かで統一性を感じさせる建物として、桂離宮をあげた。そう言うと、学生時代に読んだ本を思い出す人も多かろう。(1)その一方、これと対比させて、日光東照宮をキッチュ(kitsch)と指弾した。権力者が無理矢理に作らせた、ゴテゴテした低俗なものという調子の批判だったように思う。 日本の特徴をわかっていないと、こういう見方になるという典型例ではなかろうか。Tautの優れた評論は、一般民家に関するもので、これ以外では、日光東照宮の評価のように、ドグマ的見解が目立つ。 そもそも、桂離宮とは皇族の別荘。これと宗教施設を比較したところで何の意味もなかろう。椿山荘と東京カテドラル聖マリア大聖堂の建造物を比べるようなものと言ったら言い過ぎか。 ちなみに、東京カテドラルを拝見してみよう。(鐘塔は不可欠な建造物ではないが。) →カトリック東京大司教区のホームページ内 礼拝堂>>> 、 洗礼室>>> 、 鐘塔>>>、 上空からの全体[カテドラルの歴史]>>> いかにも都会らしい教会である。夕方、すこし離れて外から眺めると良さがわかるのではないか。 家並から突き出た鐘楼に当たる夕日。その傍らにある、カテドラルのステンレス外壁が光を反射している。その姿を見ていると、思わず感慨に浸ってしまう方も多いと思う。 礼拝堂など、これぞ教会という感じを受ける。窓がなく、高く聳えるコンクリート壁で囲まれており、そこに、上部から光が差し込む構造が秀逸。広い集会場にもかかわらず、個人個人が心を落ち着かせることができ、信仰に集中できる雰囲気が実現されている。 わざわざ、この「カテドラル」をご紹介したのは、街中には、お洒落な「チャペル」もあるから。言うまでもないが、こちらは、非信徒用施設。宗教的な建物ではあるが、信仰に浸る場所ではないのである。使わない時は鍵を閉めているから、商業用集会場と言ってよいだろう。信徒の集会所としての教会が、普通の家だったりするのと対極的な建物である。 当然ながら、こうした「チャペル」は、人気を狙ったデザインを凝らすことになる。 だが、その一番の特徴は、お洒落な飲食店同様、スクラップアンドビルド型という点ではないか。そのためか、どうしても、文化的な薄っぺらさは否めない。 これをキッチュと呼べるのかはよくわからないが。 Bruno Taut先生をあの世から引き戻し、こうしたチャペルを批評してもらいたいものだ。最重要機能である、ウエディングドレスが映える建物に徹していることだけは間違いなさそうだが。(尚、日本での結婚式の大半は教会型になったと言われている。) こんな宗教建築を見ていると、時流に合わせ、思想性をできる限り薄めることこそが、日本の伝統なのかも知れないという気になってくる。 ナチスに追われたBruno Tautの心情もわからぬではないが、一種の氏族神信仰施設でもある東照宮は、国家統一のために、こうした風土に従っただけのことではないか。宗教施設と言っても、一神教のカテドラルとは目的が全く違うのである。 だいたい、陽明門の余りのアンバランスさを見れば、その意図がわかる筈である。門の機能性や意味など、全く考えていない設計と言ってよいだろう。遺言に従って、大きい建造物を避けた結果、小振りの建物の割りに、えらく頭でっかちになったのである。建築設計家が意図した訳ではなく、全国の工芸家の総力をあげて、様々な彫り物を凝集させる必要性の結果でしかない。バラバラで、なにがなんだかわからない飾りで肥大化してしまったのだ。だいたい、前庭にオランダ灯篭を設置するセンスが全てを物語る。 世の中で気に入られている“素晴らしい”工芸品を、至る所から奉納させ、それをできる限り組み込んで「お堂」を作ろうとしたということ。統一感などなくて当然。微細な点に拘る工芸家達の情念を籠めた建造物と言うべきである。 ただ、結果的に、このバラバラ、かつ、派手な色彩が、類稀な効果を発揮しているのは確かである。それは、紅葉の時期に訪れると気付く。 これはこれで、立派。ただ、建築家にとっては許し難い作品であることは間違いなかろう。 ついでに、数奇屋的な建築についても一言加えておく必要があろう。 こうした建造物は見かけは質素だったりする。そのため、シンプルとか、簡素とされるが、実態は違う。釘隠しがあったり、よく見ないとわからない透かし細工が施こされていたりするのである。驚くほど高価なものが使われている方が普通。 現代的に言えば、100円ショップで売っているモノとそっくりに見えるが、有名人が造った10,000円するモノを使っているようなもの。分かる人だけが楽しめる仕掛けを十二分に施した作品であることは間違いない。 この手の美学を好むか否かは、大きく分かれる。権力が迎合している大衆文化への政治的アンチテーゼというだけなら、大衆文化より低俗と言わざるをえまい。 そもそも、将軍が作ったキッチュ的宗教建築を語りたいなら、本来は、室町幕府為政者が注力した建造物を対象にすべきだったと思う。 金閣ほど奇妙なお寺はないからだ。「寝殿造+武家造+禅宗仏殿+鳳凰」というまさに雑炊デザインの粋。統一性の追求など微塵も感じられない建物である。しかも、これ、宗教施設の核、仏舎利殿だというから驚かされる。 その上、ドリンク剤で見られるような派手な「金黒モノ」。伊勢神宮の静謐さとは対極を目指した建造物と言わざるを得まい。伝統にこだわらず、独自の美学を主張したということ。 そもそも、紫外線が直接当たる外壁に漆を使おうという、無理な姿勢が全てを物語る。現代の常識では、成金趣味以外のなにものでもなかろう。 一方、今では落ち着いた感じがする銀閣にしても、高級建材に黒漆・白漆造りという“派手さ”を狙ったものだった可能性が高い。庭園にも、名石、名木を配し、贅を尽くした筈。ただ、小生は、このアヴァンギャルド(avant-garde)感を大いに気に入っているが。 → 「金閣から学ぶ」、 「銀閣から学ぶ」 [2005年6月1/2日] まあ、金閣・銀閣は対象として妥当でないというなら、築地本願寺はどうだろう。 良く知られているように、この建造物は、伊東忠太教授の考えた天竺様式の建造物。(本堂内を拝観したことはないが、真宗のお寺だから、桃山様式だろう。) この建築の凄さは、徹底していること。「山門」は無いし、塀からして「欄楯(2)」なのだ。たまたま夜にタクシーで前を通り、ライトアップされた姿を見て、えらく異国感を味わったことがある。正直のところ、楽しいものではない。ここは東京の西本願寺という感覚があることから生まれる、ちょっとした違和感にすぎないとも言えないこともないが。 まあ、建築家が、議論が持ち上がることを期待して造っただけの可能性もあるとはいえ(3)、異様な感じは否めない。 これほど大掛かりなお堂ではないが、同じように違和感を感じさせられたお寺がある。祐天寺のそばにある長泉院。1761年からと歴史ある浄土宗の律院だが、祐天寺とは異なり、現代的建物なのだ。 だが、この場合は納得させられる点がある。このお寺、教化事業として「現代彫刻美術館」(4)を併設しているからだ。現代仏教とはこういうものかも知れない。 --- 参照 --- (1) ブルーノ・タウト[篠田英雄]: 「日本美の再発見」 赤版岩波新書 1962年 (2) 山口尚孝: 「サンチーの仏教建造物群」 http://www.gef.or.jp/activity/media/heritage/india/sanchi.html#%E6%AC%84%E6%A5%AF (3) 伊東忠太: 「建築の本義」 1923年・・・“建築の本義とか理想とかに就て種々なる異論のあることは洵に結構” [青空文庫]http://www.aozora.gr.jp/cards/001232/files/46334_28718.html (4) http://www.museum-of-sculpture.org/musse/f.html (日光東照宮陽明門の写真) [Wikipedia] by Mochi http://ja.wikipedia.org/wiki/ %E7%94%BB%E5%83%8F:%E6%97%A5%E5%85%89%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE%E9%99%BD%E6%98%8E%E9%96%80001.jpg (築地本願寺の写真) (C) 東京発フリー写真素材集 http://www.shihei.com/tokyo_001.html 文化論の目次へ>>> トップ頁へ>>> |
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