表紙 目次 | 2014.6.12 中国の料理文化圏「雲貴高原料理圏」という話をする人はおそらくいないのでは。 [→] 素人だからこそ言える訳だが、雲南料理はたいていは、四川料理の系譜に属すとされているせいもある。 再度、そのことに触れておこう。 もちろん、四川の食文化が雲南に入っていない訳がない。 難路をものともせず、成都からの一大武装殖民勢力が昆明に侵出し、この地を統治したのだから。 だが、雲貴高原には大きな盆地は、昆明と大理しかない。従って、ここだけは漢民族の数は多いが、そこから外れれば急激に少数派になってしまう。 交通難所だらけで、互いに孤立している小地域毎に部族が暮らす地域ということ。そんな場所での、統治は簡単な話ではなかろう。直接統治は簡単ではないから、代理的に現地の特定民族を重用するしかなかった筈。従って、四川料理の影響力は限定的だった筈である。そんな視点で食文化を眺めて見る必要があろう。 そうすれば、四川料理はえらく違う文化であることが見えてくる。その特徴は以下のようなもの。・・・ (1) 四川と雲貴高原の唐辛子料理は、似て非なる場合が少なくない。辛いから同類料理と見るのは大雑把すぎまいか。 四川盆地や朝鮮半島では、滅多に登場しないのが以下の2種類の唐辛子。 ・「生」唐辛子 ・酢味の唐辛子 雲貴系料理は、できれば「生」を加えたいとの感覚がありそう。一方、醗酵唐辛子の旨みを堪能したがるのは湖南料理の特徴でもある。湖南も雲貴も唐辛子の刺激はきついが、それは唐辛子添加の量的追求ではなかろう。 ところが、漢族系料理文化の場合、とにもかくにも、乾燥唐辛子、あるいは成分抽出油を、大量に入れることを好む。乾燥唐辛子は完熟品だから、必ず真っ赤になる。そうでなければ、辛味油を混ぜるように加えるから、赤い油がどっぷりとなる。おそらく、それが、ことのほか嬉しいのである。 唐辛子の原産地は南米であり、それが欧州経由でアジアに渡来したとされている。しかし、この状況を見ると、雲貴高原原産品が存在する可能性もあるのでは。 実際、辛くない唐辛子や、緑色等々、色々な種類がある訳だし。 (2) つまり、四川料理の特徴とは、唐辛子で食材の臭いを消す点にあるとも言える。 と言うか、油リッチな炒め調理が主流になるということ。 おそらく、焼酎に合う食事だと、どうしてもこうならざる を得ないのだろう。 これは、どう見ても北方民族食文化の流れを汲むもの。・・・脂ギタギタ肉を素手で持って齧りつき、馬上で盃を重ねる豪快なシーンが目に浮かぶではないか。 (3) さらに決定的なのは、四川では生野菜を食べようとはしないこと。 野菜を鍋に入れるにしても、香りや、生の食感を大切にしているか否かの違いがありそう。 漢系は十分に火を通すのが基本だが、トウのたった疏菜をふんだんに使えばそうならざるを得まい。 雲貴系は、もともと栽培種好みではなく、野生種が中心だった可能性が高い。野性的な「香り」や「苦味」を好んでいたということでもある。 (4) 雲貴高原の人々が野趣を好むということは、調理方法も違うことを意味する。四川料理は家常菜中心でありながら、北方「官型」調理色が見て取れる。中華鍋と強力な火力が欲しくなる料理が多いのである。 雲貴高原では竈は必需品ではない。湯さえ沸かせる火力さえあれば、ことたりる。それで十分美味しい料理ができるのだ。 (5) くどいが、雲貴高原の人達は草木、茸、動物、どれをとっても野生種好み。それは、「薬」的効果に凝っているとも言えよう。従って、香辛料は食味のためだけではなく、健康のために摂取するものでもある。 この文化は漢民族から来たのではなく、その逆と見るべき。ただ、その知恵を文字化したのは漢族だと思われる。 従って、雲貴高原では、小型の轢き臼は調理用具として必需品では。 (6) 一般的には、四川が雲南と違う点と言えば、米だろう。 四川は粳米だからだ。同じ米だから、糯米といっても食感が違うだけといえるレベルではない。食べ方からして全く違ってくる筈だし、料理も違ってくるからだ。 四川は米食に拘っている訳ではなかろう。主食は米ではあるが、あくまでもお数ありき。雲貴高原のようにお米さえあれば、あとはなんでもござれという訳にはいかない。汁飯やピラフへの姿勢も正反対と見てよいだろう。 米への愛着度がよくわかるのが、西双版納傣族自治州[Xishuangbanna]の名称。その意味は、「12の千田」だからだ。タイ族の地ではあるが、雲南全体の特徴をいみじくも語っていそう。狭い土地に、それぞれのアイデンティティを有す稲作りの人達が暮らしているということ。焼畑の限界高度まで米作りするのだからその熱意はただものではない。 なにせ、公的にも30近い民族が居住しているし、タイ族の上座部仏教が主流という訳でもなく、チベット仏教、南伝の回教や大乗仏教もある上に、ヒンズー教や基督教の信仰者まで揃っていそう。まさに、この地ならでは。 にもかかわらず、外部からひとつのまとまりがあるように見えるのは、糯米食文化があるから。そして、それと繋がっているのが野草食。経典宗教の信者であっても、そうした食文化に精霊を敬う姿勢が見て取れるということ。 漢族も食を大切にするが、精霊的信仰とは無縁だろう。そのため、漢方書籍から得た知識に従っているように見えるが、縁起かつぎ的要素濃厚である。雲貴高原の人達の感覚とは、その点でかなり違うと思われる。 ここまで書けば四川と雲貴高原の食文化を一緒にするのは問題があると気付いて頂けるのではなかろうか。 そうこう見ていくと、こうした雲貴高原の食文化の基層には、揚子江地域の「越」族が生み出した文化があると見ることもできそう。 ただ、「越」と言っても、百越と呼ばれたことでわかるように、様々な部族が混在していたから、決して一枚岩ではない。 その名残りは、沿岸側住民の江南でも見ることができよう。漢民族と呼ばれてはいるものの、北方から移住してきた客家を除けば、未だに、全く異なる言語がばらけている。 海から若干遡った揚子江沿岸地域がタイ族の本貫地ということになろう。(アルタイ系であると言われているようだが、どういう証拠があるのかは定かでない。小生は信用していない。) そして、その次に大きな流れが見てとれるのが、タイ(傣)系部族である。民族と言語は直接つながらないとはいえ、左の地図のように、タイ系言語を話す人達の居住地域がそれを示唆していよう。 おそらく、揚子江域から、現在のタイ王国にまで大移動してきたのである。 (タイ王国は、「シャム」と呼ばれていた筈だが、おそらく、汎タイ主義上、タイと呼ぶようになったのだろう。それこそが、軍部のイデオロギーと言えそう。) 「東南アジア」という地域名が当たり前のように使われるが、その昔はそのような概念は無かったと見た方がよさそう。今もって、民族的、宗教的、言語的、にえらく多様な地域だし。タイ族、タイ語だけ見ても、細分状況が続いているのが実情。 要するに、雲貴高原はタイ族の大移動ルートだったということ。文化的に混沌の地である。 ちなみに、「越」の南側に居住していた「越南」も追い出されて現在のベトナムに。 ・Tai Neua/傣那 徳宏傣族景頗族自治州 ・Tay Pong/傣繃 徳宏傣族景頗族自治州 ・Tai Dam/傣擔(黒) 苗族瑶族傣族自治県 ・Tai Ya/傣雅 文山壮族苗族自治州 新平、元江 ・Tai Pong/傣棚 雲南省紅河哈尼;族彝族自治州 ・n.a./傣友 紅河哈尼族彝族自治州 元陽 ・Tai Kao/傣端(白) 金平苗族瑶族傣族自治県 ・Tai Daeng(赤) ベトナム北部 ・克倫[カレン]族 ミャンマー等 ・Phu Tai ・Tai Yai & Khuen ミャンマーシャン州 ・Shan/Tai yai族 ミャンマーシャイ州 サルウィン川流域 ・Tai Yuan族(Lao系) ・Tai Khamti族/Ahom族 インド北東部アッサムマニプル州 ブラマプトラ川流域 ・Tai タイ北部・メーホンソーン県 ・Ahom インド ブラムプトラ渓谷(アッサム低地)アホム王国[1228-1838] ・Li or Hlai/黎 海南島 ・Jiamao/加茂 海南島 【Geyang系】 ・Yelang/夜郎語 中国 ・Gelao/i佬語 ベトナム 中国 ・Lachi/拉基語 ベトナム ・White Lachi/ ベトナム ・Buyang/布央語 ・Cun/村語 ・En/ ベトナム ・Qabiao/普標語 ベトナム ・Laqua/ ベトナム ・Laha/ ベトナム 【Kam-Tai系 1】 [Be] ・Ong Be/臨高語 海南島 [チワン] ・Zhuang/壮語 [タイ-北部] ・Bouyei/プイ語 [タイ-中央] ・Tay/ [タイ-南西] ---Southern Tai ・Pak Tai or Dambro/南タイ語 ---Chiang Saen ・Thai/タイ語 ・Tai Dam/ ---Lao-Phutai ・Lao/ ・Isan/イーサーン語 ---Northwestern Tai ・Shan/ ・Tai Lu/ ・Tai Nua/ ・Tai Phake/ ・Tai Aiton/ ・Khamti/カムティ語 ---Saek 【Kam-Tai系 2】 ーLakkia-Biaoー ・Lakkia/拉珈語 ・Biao/標語 ーKam-Suiー ・Ai-Cham/錦語 ・Cao Miao/草苗語 ・Southern Dong/北侗語 ・Southern Dong/南侗語 ・Kang/ ・Mak/莫語 ・Mulam/仫佬語 ・Maonan/毛南語 ・Sui/水語 貴州省三都水族自治県, ベトナム北部 ・T'en/佯僙語 Mandarin/官語 -東北官,北京官,天津官,冀魯官,膠遼官 -中原官,蘭銀官 -西南官 -江淮官 Jin/普[太原 or 山西] Hakka/客家 <Chinese/漢語2> Wu/呉[上海,蘇州,温州] Huizhou/微 Gan/贛 or 江西 Xianag/湘[長沙 & 雙峰語] or 湖南 Min/閩 or 福建 -閩北 -閩東 -閩中 -莆仙(興化) -閩南 Yue/粤 or 広東 Ping/平 or 広西平 <Miao Yao> <Tibeto-Burman> 文化論の目次へ>>> 表紙へ>>> (C) 2014 RandDManagement.com |