表紙 目次 | ■■■"思いつき的"十二支論攷 2015.8.22■■■ 十二支の「犬」トーテム発祥元を探る十二支のブービー的位置に置かれた「犬」だけは、戌という文字とかなり関係しているのではないか。そう思ったのは、小野篁歌字尽に以下の覚え歌があると書いてあったから。(NDL近代デジタルタイブラリー所蔵版と望月文庫往来物各種版も眺めたが見つからず。創作ではないだろうから、見逃したか。) 土のへ(戊)に犬(戌)一匹(一引く)で人まもる。 斧(戉)振り上げりゃ、 ボウ(戊)ジュツ(戌)、ジュ(戍)エツ(戉)。 立てばうち(伐) すわれば守る(戍) 人と戈 土に(戊)一引く 犬(戌)の影かな。 つまり、文字構成上は、こういうこと。 戈 カ・・・ピッケル状ほこ 戌 ジュツ・・・切断用道具 戊 ボ・・・鉾(ほこ) 戉 エツ・・・鉞(まさかり) 戍[=人+戈] ジュ・・・護衛 🐕このことは、犬が「戌」に該当する生肖に選ばれた理由は、ヒトと親密になれる気質とか、敏捷に動き回れる運動能力ではなく、戦闘状況における犬の持つ武器たる"歯牙"と言えよう。小さい割には、えらく獰猛な毛モノということで重視されたことになろう。 この古代感覚を理解するのは、現代人にとってはそう簡単ではない。先進国では、犬をヒトの良き友としてのペットと見なしているからだ。 しかし、古代中国の犬の主用途は、"歯牙"とは全く関係が無い。出土する骨の状況から見る限り食用一色だそうな。そのために畜犬が行われていたのは間違いない。現政権は、その面影を消そうとしているようだが、少数民族区では犬肉文化が続いているし、それをことのほか喜んでいるのは漢民族であるのは隠しようがない。このことは、目立たないが、様々な地域で食されている可能性が高いということ。儒教国だから、氏族繁栄のための精力絶倫に最適な薬食とされているのだろう。(古くから有名なのは、吉林省延辺朝鮮族の習慣。貴州布関嶺の依族の花江狗肉や広西チワン族自治区玉林市で6月に挙行される「狗肉節」も知られている。) 朝鮮半島で食される補身湯にも拘りがあり、石器鍋使用が必須条件。食器がすべて金属で、熱い料理に不向きなものにしているのに、鍋だけ金属を避けるのは調理上のメリットというよりは、高句麗時代の御馳走的雰囲気の懐古趣味と見た方がよかろう。中華帝国官僚層から見れば、揶揄した羊頭狗肉料理を未だに後生大事に続けているとなろうが。 一方、北方の中央アジア〜モンゴルの民族は、この食文化を嫌悪したようだ。政権奪取期には、犬肉食が急速に落ち込んだからだが。 食肉話から始めてしまったが、そこに興味があるからではなく、家畜化を考える場合、ここから議論する必要があるからにすぎない。 犬の家畜化プロセスは、素人からすればほぼ自明。ヒトの近辺に生活して、ヒトの不要食物類を漁ったりしていた狼の一種に過ぎまい。ただ、この動物にはとんでもない遺伝子が組み込まれていたため、大きさから形まで、とんでもないバラエティ化が進んだだけ。当然ながら用途も色々。 肉犬・・・信仰食も兼ねる。現代は体力増強効果。 猟犬・・・狩猟期には活躍する。 番犬・・・臆病なのでよく吠える。 闘犬・・・噛みつく体質は抜けない。 玩犬・・・ヒトの顔色伺いの才能あり。 力犬・・・橇を引く。 導犬・・・五感を駆使した探知・先導役。 と言うことで、家畜化だが、その初期は、飼っているというより、勝手に傍らに住まわせ、自由放任状態だったと見てもよかろう。その何がメリットかといえば、単純な話。 危険な大型獣や他部族が接近すると、確実に早期警告発信がなされるから。ヒトに近づいている狼とは、"弱虫”タイプである。異常を感じると、すぐに吠え、武器たる歯牙を見せつけるから、早期警戒役にはうってつけ。こうした番犬なくしては、安全が保障できそうにない地域に住んでいた人達にとっては、犬のトーテム化は自然な流れと言えよう。 ただ、時々、役に立ちそうにない犬は食に供されたりしただろう。一種の選抜が行われたのだから、全体として、番犬能力は飛躍的に向上していく。そのうち、餌ももらったりするようになれば、従者としての役割を担うまでになるのは、自然な流れ。 こんな風に考えると、犬をトーテムにする部族とは、シルクロードより北の、草原の道を支配していた部族と考えるしかなかろう。つまり、チュルク系(丁零,鉄勒,突厥)〜モンゴル(蒙古)系。 ここで注意すべきは、🐕 のイメージ。現代人はどうしても一般的な犬族を想いうかべ、様々なタイプを包含させがち。それは分類学であり、トーテムの姿ではない。トーテムが示すのは、頭抜けた才能を持つ犬の姿。半家畜・半野生の集団「犬」のボス像こそ似つかわしい。 ここが重要なところだが、姿そのものからすれば、「犬」と「狼」は見分けがつかない点。しかも、両者は交雑するのが普通。 両者の区分は、単なる性向の違いだけ。「狼」は全野生で、ヒトへの従順な番犬役は拒否。ヒトが大切にする家畜を襲うことさえある。そこだけ見れば、まごうことなき敵。しかし、家畜を襲うことを主としている訳ではなく、草原の路の王者の風格を感じさせる動物である。それこそ、「天晴れ!」と賞賛の眼で眺めていておかしくない。部族としては、同じように王者になりたい訳だから。 つまり、犬トーテムとは、狼トーテムでもあるということ。ただ、生肖は基本的には家畜だから、犬になっているにすぎまい。 さすれば、生肖の犬の発祥元は蒙古と考えるしかなかろう。 その始祖は"蒼き"狼。この色はラピスラズリーを愛した地域の象徴。つまり原初はチュルク系と言っているにすぎない。蒙古はあくまでも、中原の北を拠点とする中華帝国を担う部族を目指していたから、本来ならその色は黄である筈。つまり、"古"蒙古族のトーテムは「黄狗」であった可能性が高かろう。しかし、中華より広大なユーラシア全域という視点で見れば、草原の道の王を重視することになるから、必然的に「蒼狼」とならざるを得ない。 ちなみに、草の道の東端は満州族を経て朝鮮族になる。そこはご存知犬肉食。「草原の道」の仲間と見なしていたら、禁忌を破るのだから、許し難き輩と見なしたに違いない。異教徒の神に捧げられる食物を愛好することは、背信行為の最たるものだからだ。この怒りこそが、犬肉食部族を低級扱いする源と言えまいか。 尚、槃瓠(犬)が漢族のために手柄を立て、帝王の娘と結婚し始祖となる神話が中国南部に存在する。[苗族,瑤族,畲族] 要するに、犬戎が敵を滅ぼし、中央と縁戚関係を結んだという話。この場合、漢族という概念は曖昧模糊としているところが重要。(中華帝国の巨大化実現を容易にする秘訣。官僚統治の君子独裁の帝国だから、外来王朝でもいっこうにかまわないのである。) つまり、ここでの帝王とは蒙古系信仰者だったことを意味する。北方系とは全く文化が異なるとされる南蛮部族だが、犬神話を持つ部族とは、アンチ定住農耕民の山岳移動勢力だった可能性が高い。(現在は棲み分けするしか手がないから、農耕民に映るが。) 草原の道の勢力との親和性が高いということ。草原ではないだけで、山岳部ならどこにでも進出するし、利あらばどことでも同盟し、覇権側に立つという体質濃厚。こちらの犬トーテムは番犬ではなく猟犬だろう。 (参照文献記載箇所) 「十二支薀蓄本を読んで」[→] 文化論の目次へ>>> 表紙へ>>> (C) 2015 RandDManagement.com |