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■■■"思いつき的"十二支論攷 2015.11.2■■■

一寸、土偶を考えてみた

国宝の土偶は5点。
  中空土偶@函館
  合掌土偶@八戸
  縄文の女神@舟形[山形県]
  仮面の女神@八ヶ岳西麓 中ッ原遺跡[尖石縄文考古館展示]
  縄文のビーナス@八ヶ岳西麓 棚畑遺跡(中ッ原の西)[〃]
現代日本人の平均的目で見ると、これらは確かに一級品といえよう。これに、土偶の異様さを感じさせる遮光器タイプが加わればなんとなくだが美術品としての土偶をカバーしている感じがする。ただ、遮光器はいかにもデフォルメの凝り過ぎであり、どうしても時代的新しさを感じさせるので並べない方がよいかも。

尚、八ヶ岳西麓出土品にはもう一品、上記2つの中間的大きさであり、人気を読んでいる土偶がある。気になるのは、首、脇腹、下半身に驚くほど精細に施された模様の存在。呪術的文様として当時の定番だったのは間違いなく、そんな文様の全体像がわかる作品として非常に貴重である。言うまでもなく、土器文様にも見られるから、その意味を考えさせる訳で、この像の役割は国宝像より大きいかも知れぬ。
  始祖女神像@八ヶ岳西麓 坂上遺跡[井戸尻考古館展示]

しかしながら、主だった土偶の写真を一気に眺めてみると、古代史を考えたいなら、こうした視点で眺めるのは避けた方がよさそうな気分になってくる。
  [→] 「土偶女子本で一杯」
素人が見ても、上記の国宝像群とは目的が異なっていそうな土偶があるからだ。・・・例えば、十字架板状、中空円錐形、ハート型顔面添付型、みみずく似。
これらは、言わば、記念像、仏像、お守りといった性格の違うものでは。それを、単に大きさや形状で多少の違いと見なし、ヒト型焼成土製として一括りにしてしまうと、想像力が発揮できなくなるのでは。
特に、始祖女神像など、全体のフォルムという点では、仏具の金剛杵的雰囲気が漂う訳だし。と言っても、足には本数が合わないが指が表現されており、立像型であるのは間違いなさそう。設置すると、平板な顔面は斜め上を向くので、あたかも中空へと視線を発し、高らかに叫んでいるかのように映る。部族の巫女として、お告げを発している姿であろうか。

土器の編年分析にいくら注力しても、それはあくまでも分析的視点での仕事。それなくしては、次の一本に踏み出せないのは確かだが、創造性を抑制する方向に振らないで欲しいもの。

土器にしても、煮炊用と祭祀用を混然一体と見なしているように映るが、はたしてそれでよいのかも気になるところ。と言うのは、明らかに特殊用途向きの形状品が存在するからだ。これらを、単なる形状分類で扱ってしまえば、せっかく古代生活を垣間見るチャンスを失うことになるのではないか。
たとえ、間違っていたからといって、どうということもないのだから、その観点で別な分類も試みて欲しいもの。

それと、もう一つ。
歴史を考える上で最重要な、以下の出土品を軽視していそうに思える点。
  巳を戴く神子@八ヶ岳西麓 藤内遺跡[井戸尻考古館展示]
この土偶は頭に3つの孔があり、そこになにかを挿すためと見られているようだが、ブル下げるためかも。その3本に囲われた後頭部には蛇が蜷局を巻いているのである。しかも頭をもたげて口を大きく開けている。前頭部は平板顔面。鼻筋と両眉が盛り上がっており、両眼、口、鼻孔が凹んでいるだけのシンプルな顔立ち。左目の下にもしかしたら刺青があるかも知れぬ。野仏的な穏やかな表情であり、おそらく、貴族の巫女だろう。
推定4,700万年前のもの。

小生など、蛇形状の担手付の深鉢には、蝮が大事に飼われていたと想像するクチ。そんなマムシトーテム部族の巫女が蛇模様の刺青をしていてもなんの不思議もなかろう。
ただ、古事記を読んでも、蛇トーテム部族が大活躍していた印象は感じられない。銅鐸同様、記載をためらう理由があったのだろう。

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