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■■■"思いつき的"十二支論攷 2015.11.17■■■

十二支の「龍」トーテム発祥元を探る

「龍」は実在の動物では無いから、本来はトーテム扱いできない。十二支の「生肖」と言うのもおかしな話だ。しかし、「龍」は想像が生んだものではなく、その名前で呼ばれていたトーテム動物が実在していたと考え、いくたの変遷を経て、天子の祖たるトーテムになったと考えれば、擬似的には成り立つと言ってもよいのでは。正確には、天子の祖とも言い難いところはあるものの。
 黄帝龍で天に上る。  史記封弾書
 龍は水に生じ、五色を被りて游ぐ。
   故に神なり。
  管氏水地篇

もともと12種の生肖を選定したのは、各地の部族の代表的トーテムを一同に会してまとめあげたいから。にもかかわらず、それとは異なる、想像の域を出ない龍を一緒にするのは無理がある。
従って、当初は現存する水棲生物だったに違いあるまい。このページ上部の12支図を見てお分かりの如く、明らかに龍ではない地域もある訳だし。

そうなると、龍の前は何だったかといえば、鰐以外に考えられまい。その辺りの考え方は後述するとして、もし鰐だったとすれば、おそらく、陸の馬トーテム部族とは水と油。中原部族集団とは文化的に疎遠であり、肌合いが合わなかっただろう。十二支生肖などそれこそ屁の河童。そうなれば、中原の帝国から、鰐は消されて当然。

それに、鰐を龍に変換するのは、そう難しいものでもない。先ず、鰐を12トーテムの最上位に祭り上げ、そこに、十二支生肖選択から漏れたマイナーな部族のトーテムを投入し、習合させればよいからだ。従って、硬い外皮と獰猛な顎と歯を持つ4足という鰐の基本概念をそのままに、亜流部族のトーテムのパーツを加えることになる。ただ、それで済まなかったのは、龍を、天子のトーテムにしたから。そうなれば、主流派の馬トーテム部族や反主流派の蛇トーテム部族の色が加わりもする。それだけの話では。(但し、中華帝国とは官僚制国家であるから、"その他部族"トーテムの集合体と、天子トーテムは別なものとの主張がいきかったに違いないが、そうなると十二支内外に2つの龍が生まれるので無理筋。そんなこともあって、訳のわからぬ龍だらけになっているとも言えよう。もちろん、龍類のなかに、一匹だけ天子の龍が存在することになる。)

元祖「竜」を、こんな風に考える訳である。・・・
ベースは「鰐」。王符「九似」のうち、鹿(角)、駱駝(頭)、鯉(鱗)、鷹(爪)はその通りだろうが、他にも、山羊(顎髭)や猪[豚ではない。](鼻)があったかも。すでに十二支に選定されている、牛(耳)、兎(目)、虎(掌)、蛇(項)は、馬(鬣)同様に不要な筈。豹(掌)ならわかるが。蜃/蛟(腹)にいたっては生肖にならぬから全く意味がない。必要なら、蚯蚓(地を潜る)、蜥蜴(守護役)、穿山甲(正真正銘の鱗)を含めた方がよいのである。
もちろん、蛤とか、蚕の象徴が入ってもかまわない。様々な部族をまとめて中華圏に囲い込むことに意味があるのだから。従って、一番こまるのは、龍を鰐と見なされること。これはタブーに近かろう。(中華帝国の風土を考えれば、統治圏内で、辰とはもともと「鰐」だったと言えば頭がおかしい輩と見なされかねないかも。鰐を称える説話も滅多に残っていない筈。)
日本でも、古事記登場の和邇ワニとは鰐ではなく、鮫であるというのが定説化。白川静本でも鮫としている位で。
🐊隠岐辺りの方言で、サメフカをワニと呼ぶから、この見方は確かとの理屈だが、すでに方言化している言葉を使うなら、注附き本である以上、その旨一筆入っている筈では。それに、文章を読む限り、これが鮫だとはとうてい信じがたい。・・・
〇稲羽の素兎で知られる話では、が海で列み伏す大勢の和邇の上を踏む。尖った背鰭を誇示して素早く泳ぎ回るサメ集団の情景からはほど遠いと言わざるを得まい。
○海彦山彦の話も同じことがいえる。火遠理ホヲリ命こと虚空津日高ソラツヒコは大綿津見神の娘と結婚する。一尋和邇魚の頸に載り、上つ国に戻る。サメの体躯に、ヒトが跨るような首の存在を感じるとしたら、相当に異質な感性の持主だろう。海で跨って乗るとしたら海豚イルカの背中。サメの場合、そこには鋭い鰭があり、その前部は頭だ。
豊玉毘売トヨタマヒメは海辺の波限ナギサに鵜羽葺草カヤの産殿を造って、八尋和邇の姿で匍匐ひ委蛇ひて出産。小生には、サメが匍匐状態で蛇のようにうねるなどとても考えられぬ。


このような強引な論調がまかり通るのだから、どのような鰐信仰があるかとか、トーテムとしていそうな部族を探しても、徒労に終わる可能性は高い。ただ、西洋の本には、中華圏に入ったことがなさそうなマレー半島沿岸域に、鰐祖神話が存在すると記載されているらしい。

そうそう、龍と蛇をゴチャ混ぜにする論調も多いが、実際、そのようなことが発生しているからといって、始めからそのような概念だったと見なすのはどうかと思う。実際、馬王堆漢墓副葬品の帛画には、上端中央に上半身が人で下半身が蜷局を巻いた蛇像、その下には一対の竜が描かれており、両者が混同されるとはとうてい思えない。

」という文字は神蛇で、龍の類[「字統」]とされる位に蛇=龍の風土と化しているのはその通りなのだろうが、それは「文字」を整備して絶大な権力を握った中華王朝の方針でしかなかろう。それが、原信仰を意味している訳ではないのである。ここは重要な点。龍とは、中華帝国独自構想の合成トーテムなのだ。蛇信仰は世界に広がっている普遍的なものだが、そこから自然発生的に龍が生まれたりはしない。猛毒コブラに対する畏怖感から生まれたと思しき、エジプトやインドの蛇信仰は龍信仰の方向には進まなかったことを見ればそれは明らか。西洋に至っては、トーテムどころではない。
さらに注意すべきは、中原辺りに猛烈な毒蛇が棲んでいた訳が無いという点。天子の祖としての人頭蛇身の男女が絡む画題好きな点からみて、中国の蛇信仰の原点は蛇の凄まじき性行為讃歌。中国の蛇崇拝とインドの感覚が合致しているとは限らないのである。
ただ、そんな違いはどうということもない。龍とは天子の合成トーテムであり、裏打ちされた哲学は皆無。時の天子のご都合に合わせて、宗教観も姿も自由自在に変わる。ある時は神蛇となり、又、ある時は疾走する神馬にもなれる。習合しているのではなく、本質的にジョーカーなのである。(龍虎姿がある位だ。)ただ、その時々で官僚は龍を定式化するし、その理屈を創作する頭脳が重用される。役に立たなくなれば即刻廃棄。そういう風土である。一応、現代的な龍イメージは漢帝国版に従うとされているに過ぎない。

但し、注意すべき点がある。龍は四肢動物で、蛇は無肢動物。その間の溝は極めて深く、本来、両者を混同するなど有り得ぬ。いくら作り話だらけの中国でも、蛇から足がニョキニョキ出てくる類の話を流布させるのは困難。現代人は、蛇は足が退化した「爬虫類」と見るが、それは西洋分類学の丸暗記に過ぎない。
そもそもそのような西洋"科学"の見方と、"中華思想"的分類における概念は一致しない。「龍」類とは動物分類であり、それと「蛇」類は近縁だが別個なグループである。
その「龍」類には、ワニ穿山甲センザンコウ[哺乳類]、蜥蜴トカゲ守宮ヤモリイモリ[両生類]が含まれている。「蛇」類は入らない。そのワニの正式な漢字名はダリュウで、淡水棲の揚子江鰐を指す。
言うまでもないが、十二支の龍とはこの「龍」類の代表ということ。常識的判定なら鰐である。

さて、そうなると揚子江鰐をトーテムとしている部族の末裔を探したくなるが、おそらく見つからない。揚子江鰐は最近まで残存していたとされるが、もう無理。どの辺りに棲息しているのかさえわからぬと見てよいだろう。部族の方は、鰐という文字が生まれた頃にはすでに絶滅の憂き目では。ワニが十二支生肖に無いのも、その辺りが関係していよう。

─・─・─龍蛇種一覧─・─・─
龍類
  数字は「本草綱目」の鱗之一 九種
  「みづち」は蛟龍だけでなく、竜、[倭称]ミズチにも用いられる。
  (参考) 「竜と龍」[2015.1.5][続]
 【龍文字附き動物】
[1] りう
[3] 蛟龍みづち
[4] だりやう=揚子江---<爬虫類
   (咢=鰐=:蜥易に似たる四足[「字統」])
[9] 鹽龍
[-] あまりやう
[-] 應龍をうりやう
[-] きうりやう
[他] おかみ:竜状の霊獣(:降雨儀礼)[「字統」]
  我が岡の おかみ[於可美]に言ひて 降らしめし 雪のくだけし そこに散りけむ
  [藤原夫人 天武天皇 贈答,掛け合い歌 萬葉集#104]
尚、古事記では天之尾羽張[十拳剣]で殺された火之迦具土神の血から、闇淤加美神と闇御津羽神が生まれる。
 【辰文字附き動物】
[-] しん
 【龍文字無き非非実在動物】
[2] 吉弔きつちやう---水棲[+樹木棲]蛇頭身@広東
 【龍文字無き実在動物】
[5] りやうり穿山甲せんざんかう---<哺乳類鱗甲系
[6] 石龍子せきりやうし蜥蜴とかげ---<爬虫類
[8] あをとかげ=日本蜥蜴とかげ---<爬虫類
[7] 守宮やもり---<爬虫類
[-] いもり---<両生類有尾系
  避役(大蠑)

蛇類
  「和漢三才圖會」の卷第四十五 龍蛇部より
or 蟒蛇うはばみ錦蛇にしきへび
巨蟒やまかゞち or 遠呂智おろち=網目錦蛇
白花蛇はつくはじや百歩蛇ひゃっぽだ or 五歩蛇
烏蛇からすへび[黒化]
金蛇きんじや足無蜥蜴あしなしとかげ
水蛇みづくちなは or 泥蛇どろくちなは支那水蛇しなみずへび or 山楝蛇やまかがし
黄頷蛇さとめぐり臭蛇しゅうだ
むぎわらへび青大将あおだいしょう
尾蛇ひばかり=日計
蝮蛇はみ or 真虫まむし
千歳蛇せんざいへび
野槌蛇のづち槌子つちのこ
青蛇あをんじやう地潜じむぐり
とうじや
兩頭蛇りやうとうじや[奇形]
天蛇てんじや山蛭やまびる

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