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「我的漢語」
2014年10月26日

「豕」考

「亥」という漢字は十二支の最後の猪を指す。基数としての12番目という意味ではなく、骸(骨格)の象形文字らしい。要するに、最後まで食べ尽くしたイノシシを示している訳だ。
   十二支文字考[2014年7月11日]
中国では、ご存知のように、猪はブタであり、イノシシは野猪。ともあれ、獣(毛モノ)偏「」の動物とされている。
  =「」+「者」
「者」は音符とされているが、意味が無い訳でもなく、「貯」ということで、肥えているとの表現になっている。

」はケモノとされるが、その発祥は「」である。イヌ偏と呼ぶべきかも。もっとも、現代中国ではイヌはもっぱら「狗」であり、「犬」ではない。「狗」とは、小さい犬という解説を見かけるが、それならどのイヌが当たるのかはっきりさせて欲しいもの。狆は狗だろうが、小振りな体躯の柴はどうなのだろう。甲斐の中型からが犬か。
このヘンが実はわかりにくい。犬だけでなく、猪も偏や旁に使われているから。イノシシの偏はケモノこと「犬」だが、イノシシの偏「𧰨」もあるから厄介だ。旁にすると「」。もちろん、一文字で漢字として通用する。日本語では「ヰの子」。イノシシとは「ヰのシシ」ということで、「カの子」あるいは「カのシシ」(鹿)と合わせて肉用野獣「シシ」という概念を形成している。
偏と旁をダブらせれば、2頭いる状態を示すことになるようだ。番を意味するのかは定かではないが。まあ、そんなこともあって、イノシシはケモノ偏にしているのかも。
  =「𧰨」+「

これでお気付きになると思うが、現在通用している「」とは、イヌ偏とそれとは少々違うイノコ偏を一緒くたにしたもの。両者の分別はそう簡単ではなさそうだが、もともとの字が違うのである。
    ・・・ 偏≠𧰨

今回は、その「イノコ」を眺めてみることにした。

辞書をよくよく眺めると「イノコ」に一寸手を加えた文字がある。上記の「豬」が「者」ではないことでもおわかりだと思うが。
  =「」+「丶」

いったいこの点はなんだということになる。異体というが、意味なくつける訳がなかろう。どう考えても、「丶」が先にあったとは思えないから、想像はつく。点ではなく、切断の印と考えれば簡単に解決する。と言えば、おわかりだと思うが、去勢の印。さすれば、日本の場合、去勢を避ける文化が根付いているから、この手の漢字は使う必要はなさそう。

日本ではブタの漢字は「月」[にくづき]偏になる訳だが、もともとの意味は、犠牲用の肉の状態を指すようだ。
ここでも、偏はゴッタ煮状態である。肉の月、天体の月、舟の月の3種混合である。肉塊は切り分けたモノだから、横線は輪郭の縦線に繋がる。一方、天体では満ち欠けがある月のうち三日月。斜め横線で表す訳で、両縦線間を繋げたりはせず、隙間を空けるのが原則。舟はいうまでもなく、横線ではなく、点である。こんなことを気にかける人は専門家と好事家以外はいまいが。
  =「月」+「
ブタをトンと呼ぶ場合が多いが、それを重視したいのなら、違う文字もあるのだが、犠牲概念としての肉を思い起こさせるのでどうしてもこの文字にしたかったということかも。
  =「𧰨」+「屯」
具体的に犠牲を焼く祭儀を示す漢字もある。但し、実際には陝西省の地名に登場するだけのようだが。
  =「」+「火」+「
当然ながら、葬る場が設定される訳である。日本でも、古代の墓地から、犬と猪の骨が出土することが多いが、葬儀には犠牲がつきものだったのかも知れない。
   or 塚=「勹」[冖ではない.]+「

日本では、去勢したりして、生殖まで管理されている真性の家畜をえらく嫌っていたようで、半野生的に飼っていたと思われる。従って、本来的には以下の漢字も適切とは言い難い。どう考えても、東北の曲がり家の馬とは違い、ブタをヒトの隣の部屋で飼う訳がないからだ。つまり、ここは豕でははなく豚(犠牲の猪肉)であるべきで、祭祀場ということになろう。
日本の住居には、神棚や仏壇があるという人がいるが、文字の定義から言えばそれは真逆で、祭祀の「家」にヒトが住み込んだと解釈するしかなかろう。
  =「宀」+「
飼育場は、囲いがつく漢字になる訳だが、大陸では、それは実質的には便所そのもの。スサノヲの命が糞便由来食接待に怒って殺してしまうくらいだから、文化的には受け入れ難い風習だった思われる。古事記でも、便所はもっぱら川屋(厠)である。従って、「国構え」文字は移入しなかったようだ。
  =「囗」+「

ともあれ、家という文字が今もって残っているところから見て、中国では、日々の生活に極めて重要な家畜だったのは間違いない。いつから、その重要性が失せたのかはわからないが、豚の成育期毎に呼び方が違っていたようである。
=「𧰨」+「宗」   ・・・6ヶ月豚[ウリ坊卒業か]
=「𧰨」+「巴」   ・・・2歳豚
=「𧰨」+「幵」   ・・・3歳豚
=「虍」+「」   ・・・大豚
豢=「ソ二人」+「」   ・・・穀物で養った家畜

当然ながら、その一挙一動にも、用語があった模様。(小生がみかけたことがある上記の2文字は偏をそのように変えている。同じ文字と言ってよいのかは定かでない。)
狗=「𧰨」+「句」   ・・・鳴く
=「𧰨」+「孝」   ・・・驚いた声をあげる
=「𧰨」+「甫」   ・・・息づかい
=「𧰨」+「艮」   ・・・喰う
𧰫=「𧰨」+「久」   ・・・歩む
=「𧰨」+「土」   ・・・土をほる
=「𧰨」+「希」   ・・・走る
」は、"猪突勇"という四字熟語でも知られる。猪突猛進ということ。
従って、そんな状況表現も生まれる訳だ。
𧱏[冠]「辛」+「」   ・・・猛々しい 
ただ、この辺りになると、という訳のわからぬ概念も登場してくる。

    蜀道難 李白
・・・蜀道之難難于上青天、使人聽此凋朱顏!
  連峰去天不盈尺、枯松倒挂倚絶壁。
  飛湍瀑流爭喧
、撃崖轉石萬壑
  其險也如此、嗟爾遠道之人。
  胡為乎來哉!劍閣崢エ而崔嵬、
  一夫當關、萬夫莫開。
  所守或匪親、化為

  朝避猛
、夕避長
  磨牙吮血、殺人如麻。
  錦城雖云樂、不如早還家。
  蜀道之難難于上青天、側身西望長咨嗟!

次も、なんのことやら。
豪=「亠口冖」+「
=「」+「虫」x 2
ただ、「」は誰でも知っている文字である。どうも、ヤマアラシ[豪猪]を指すらしいが。針鼠的な防御一本槍な動物の印象があり、剛の者的にも思えないのだが。

ともあれ、「」は、実に、ヒトに近しい動物である。だからこそ、使われ続けている文字があるのだと思われる。意味は想像がつく。
  =「」+「
  彖=「彑」+「」   ・・・豕の口
  =「糸」+「彑」+「

そうそう、一つだけ注意を要する点があるので、追加しておこう。

字形では、「象」のなかに「豕」が入っているから、豕の部首のなかにゾウも入れたくなる。しかし、象とは、ママの、正真正銘の独立した象形文字。ブタやイノシシとは無関係と言ってよさそう。面倒でも、一緒にするのは避けた方がよかろう。
「象」が入る文字は、なるほど、そういうことかと納得させられるものになっている。多分ご存知だとは思うが、古代中国にも象は棲息していた。使役用として大活躍していたに違いない。ところが、漢字を使う時代になると、誰もその姿を覚えていないため想像の生物と化してしまったのである。(象牙収集とか、鼻が珍味ということで、狩猟で絶滅させた可能性もありそうとなるが、どうも、寒冷化で棲めなくなったようだ。)
  像=「」+「象」
  豫=「予」+「象」
  =「象」+「力」
  為=「爪」[手のこと]+「象」
尚、象的印象を与える生物にも、「象」の部首を与えたようである。(橡、)

(参照)「漢典[基本解釈/康熙字典/説文解字] 」http://www.zdic.net/

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